ICTコラム

フェーズフリーとパーソナライズ

記事ID:D40042

災害は私たちの日常に大きな影響を与えます。ただ、毎日発生するものではないため、数多くある“災害”に特化したデジタルツールは、日常的に使われないという問題がありました。デジタルに限らず、日ごろ使い慣れていないツールはいざという時には使えません。事前準備では日常時と非常時の垣根をなくすフェーズフリーの取り組みが、事後対応では個々人の状況に応じたパーソナライズの考え方が重要になっています。

“フェーズフリー”な商品たち

 前回のコラムで、「Yahoo! 防災速報」や「NHKニュース・防災アプリ」など日ごろの使用頻度が高いスマートフォン向けのツールが、災害時の情報入手手段になりつつあることをご紹介しました。日常時と非常時をあえて分けない考え方はフェーズフリーと言われ、さまざまな商品開発や施設管理に活かされています。
 一般社団法人フェーズフリー協会によると、フェーズフリーとは「身のまわりにあるモノやサービスを、日常時はもちろん、非常時にも役立てることができるという考え方」と紹介されています。災害のことを考えると、どうしても「災害時に何が必要か?」「どのような準備をしておけばいいのか?」ということに思考が集中しがちですが、災害時“だけ”に使えるものではなく、普段から使えるもの、使っているものを災害時に有効に活用しようという考え方です。
 例えば、オフィス用品の開発・販売を手がけるアスクルでは、「サンナップ デザイン紙コップ メジャーメント」という商品を企画販売しています(写真参照)。この商品は紙コップに100mlや1/2合、1/2カップといった計量の目安がデザインされているものです。普段は紙コップとして、災害時には計量カップ替わりとして使うことができます(もちろん普段から計量用に使うこともできます)。災害時、例えば炊き出しの際などにはお米やお水を量るのに活躍します。また、授乳中のお母さんが粉ミルクを作る際にも使うことができます。

 この紙コップは一般社団法人フェーズフリー協会のフェーズフリー認証を受けています。紙コップに限らず、さまざまな商品がフェーズフリー認証を受けています。認証を受けた後に売上が伸びることが多いようです。

デジタル×防災における フェーズフリー

 前回ご紹介した気象庁の「キキクル」との連携によるプッシュ通知は、サービスを利用する私たちが自分で居住地域を登録して、当該エリアの災害の危険性をリアルタイムで知ることができるものでした。日ごろ使っているニュースアプリなどとの連携によるプッシュ通知は、フェーズフリーの考え方を実践する事例と捉えることができます。“災害時”に特化したプッシュ通知ですと、なかなか利用者の登録が進みませんが、日ごろ使っているサービスであれば利用のハードルは下がります。
 海外では、災害の危険性をより具体的にお知らせするサービスの実証実験が進められています。例えば、自宅に災害の危険性が近づくと、「あと3時間後に自宅周辺が1.2メートルから1.8メートル浸水する確率は70%です」「避難のためのピックアップがXX広場に向かいます」「道案内が必要ですか?」といったメッセージが送られます。
 このようなメッセージは個々人にパーソナライズされたサービスです。自宅の場所だけではなく、周辺の環境に基づいた具体的な災害の可能性が通知されます。このメッセージのやりとりはAIが行い、いざ災害救助の段階になると消防などの初動対応者が行動する際の重要な情報となります。災害時のパーソナライズな情報提供も、普段使いの延長線上で捉えたいところです。例えばタクシーなどの配車アプリと組み合わせることで、フェーズフリーを実現するといったことが考えられます。
 日本でも、事前に自分の顔写真や病歴を登録しておくことが、緊急搬送の際に消防などのスムーズな対応につながると考えられています。前橋市では、日常的なサービスで使える住民IDにこのような情報を紐づけるための仕組みが構想されています。

デジタル×防災が目指すべきは パーソナライズされた情報提供

 パーソナライズサービスは、デジタル×防災が目指す一つのあり方だと考えています。ただ、まだあまり身近なサービスではないかもしれません。パーソナライズサービスの実現には、私たち一人ひとりや、家族、地域コミュニティの状況が分かるような情報を、自治体などに提供する必要があります。
 自分の個人情報を提供すると聞くと、ハードルが高いと感じる人もいるでしょう。確かにその通りなのですが、パーソナライズサービスそのものに対するニーズは高いことが分かっています。第1回のコラムでもご紹介したオンライン調査で、「パーソナライズサービス=暮らしの状況に応じたサービス」としてニーズを尋ねたところ、約8割の方から積極的な回答がありました(図参照)。

 

 この調査では個人情報の提供についても聞きました。個人情報と一言でいっても、情報の種類によって「(行政が)使ってもいい/使ってほしくない」という意識に違いがあることが分かりました。例えば、年齢や住所、世帯構成などの情報は自治体が活用することに抵抗感が低い一方で、年収や病歴、位置情報の活用には高い抵抗感があるようです。
 フェーズフリーの考え方にある通り、これからのデジタル×防災の取り組みには「日常の情報をいかに災害時に活用できるようにするか?」が一番の課題となります。皆さんも家族や身近な方々と災害への備えや対応について、日常生活の延長線上で話し合ってみてください。そのことが、災害時に命を守る・命を救うためのデジタル活用につながります。

※ 防災テック
防災とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語。

櫻井 美穂子氏

ノルウェーにあるアグデル大学の情報システム学科准教授を経て、2018年より国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。専門は経営情報システム。自治体や地域コミュニティにおけるデジタル活用について、レジリエンスやサスティナビリティをキーワードに研究している。近著に『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版、2022年)、『世界のSDGs都市戦略:デジタル活用による価値創造』(学芸出版社、2021年)。

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