ICTコラム
第1回 日本農業の現状と拡がるICT活用の波“農業”は我々の食生活はもとより、地域経済やコミュニティも支える一大産業です。その農業が今、「農業×I C T」により大きな転換期を迎えようとしています。また、新型コロナウイルスの影響もあり、生産性が高い農業にあらためて注目が集まっています。
今回からスタートするこのコラムでは、今注目されているI C T、I o Tを駆使した効率的で安心、安全な“新しい農業”について考察します。第1回は、「日本農業の現状と拡がるICT活用の波」についてです。
大きな転換期を迎える日本の農業
私が代表を務めるNTTアグリテクノロジーは、NTTグループ初の「農業×ICT」専業会社(農業生産法人)として2019年7月に設立されました。弊社は日本の地域経済やコミュニティを支える一大産業である農業において、NTTグループが強みとするICTや地域密着の体制を活用し、新たな可能性や価値を見出しながら、実際に農産物の栽培から販売までを行います。
弊社の事業舞台となる日本の農業は、今、大きな転換期にあります。
日本の農業総産出額は、1990年に11.5兆円を記録した後下降し続け、2010年には8.1兆円まで落ち込みました。しかし、その後は輸出拡大、高付加価値品目へのチャレンジなど、生産者の努力や政策により、近年は徐々に上向いているというのが現状です(図1参照)。
一方、新型コロナウイルスが、この伸びにどのような影響をもたらすか現時点では未知数ですが、生産者からは「足元の消費減退」「外国人技能実習生の入国不可などによる人手不足」「海外輸入に頼る農業資材の不足」などの声をいただいています。こうした課題や不安への対処に向けても、ICTを活用した生産性向上や省力化を実現する農業は必須になってきます。また、今回の新型コロナ危機が全世界に影響を及ぼす中、農産物の輸出大国が自国内供給を優先し、一部農産物の輸出制限をかけました。こうした動きも相まって、日本の食料自給率の向上、それを実現するための「生産性が高い農業」が、これまで以上に大きく注目され、見直されると考えています。これからの数年は、日本の農業が大きく変わる転換期だと位置づけています。
その主な理由ついて、農業が抱える課題克服とICTを活用した革新的な取り組みという観点から述べたいと思います。
日本の農業が抱える課題
日本の産業全体が少子高齢化に端を発する各種課題に直面する中、農業においても「農業従事者の高齢化・後継者不足」、「耕作放棄地の拡大」という課題を抱えています。1985年に約350万人だった農業従事者数ですが、2019年には約140.5万人と、この30年間で半減しています(図2参照)。また、農業従事者の平均年齢は2019年で67歳と高齢化し、60歳以上の人が約80%を占め、国内のほかの産業と比較しても急速に高齢化と人材不足が進んでいます。
この農業従事者の減少・高齢化とリンクして右肩上がりに増えているのが「耕作放棄地」です。このままでは、日本の食糧生産は危機的状況に陥ると考えられており、「生産性向上」や「省力化」などを通じ、事業としてしっかりと利益を確保できる「持続可能な農業」を実現することが求められています。
ビジネスとしての農業参入者の拡大
一方、こうした状況の中で、これらの課題を解決し新しい農業のあり方を目指した取り組みが拡がりつつあります。
2009年の改正農地法の施行に伴い、担い手農家の農業法人化・大規模化、企業参入が進み、約30年間で法人数は7倍以上に増加しました。ビジネスとして「儲かる農業」を実践する農家が増え、少しずつ全国で成功事例も出てきています (図3参照)。
海外に目を向けると、農業大国と言われるオランダでは農業は憧れの職業の一つです。オランダは、国土面積は九州地方程度で、その1/4は海抜ゼロメートル以下、そして人口は約1,700万人です。これだけを聞くと、とても農業に適した国とは思えません。しかし、ここ数十年の間に、ICTを駆使し生産性高い農業を実行に移し、今やアメリカに次ぐ世界2位の農産物輸出国になりました。
日本も少子高齢化の進行、中山間エリアが多いなど、農業に立ちはだかる課題がありますが、現状や危機感をバネにして技術や働き方の革新にチャレンジし、強固な産業にすることはできると信じています。
また農業というと、どうしても生産現場に目が行きがちですが、重要なのは、生産から消費までの「情報の流れ」を正確に捉え、流通、加工、販売を含む各々のポイントで、付加価値をつけた経営を行うことです。今後の農業を考える時、こうした経営の部分と、「スマート農業」といわれるICT、IoTの活用が大きな鍵になってくると考えています。
「儲かる農業」の鍵となるICT
農業においても課題解決の手段としてICTを活用した生産性向上の仕組みや、従業員の労務管理などにおいて、ほかの産業同様にテクノロジーの活用が進みつつあります。ICTを活用したスマート農業には大きく二つの側面があります。一つは労働の代替、もう一つはおいしいものを作るため、付加価値を生み出すための技術の伝承や会得です。それが、冒頭で述べた日本農業の課題解決の一助となり、結果として「儲かる農業」につながります。
ただ、一言で「農業」といっても、栽培する農産物の種類も違えば、栽培施設やノウハウも違いますし、気候や土壌、ブランディングの考え方などにおける地域的な差異もあります。案件によって状況も課題も、そして解決策もそれぞれ大きく異なります。
こうした背景のもと、NTT東日本では、農業をはじめとする一次産業分野において、ICTを活用した課題解決に取り組もうとされている地域や農業事業者に対して、今一度しっかりとその課題や期待をうかがおうというプロジェクトを実施しています。それぞれの課題に対してどのような解決策が適切なのか、さまざまなステークホルダーとの協働のもと実証事業を行ってきました。そこで共通して見えてきたのは、「農業」という産業が地域の文化や経済と密接に結びつき、重要な役割を果たしているということでした。「農村」という言葉があるように、ほぼ農業で成り立っている地域もあれば、周囲の第二次・第三次産業と連携して独自の経済圏を形成している地域もあります。いずれにしても一次産業、農業の活性化がこれからの地域づくり、国づくりにとって絶対不可欠であることがはっきりと再認識できたのです。その鍵となるのが、IoT、AIなど最先端ICT技術を活用した「新しい農業」の実践です。
酒井 大雅氏
株式会社NTTアグリテクノロジー 代表取締役社長
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