電話応対でCS向上コラム

第138回 「選ぶ責任」

記事ID:C10158

考えてみますと、人の一生は選択と決断の連続のような気がします。良き人を選び、仕事を選び、学問や研究テーマを選び、師を選びます。生涯の伴侶を選ぶのも大事な決断です。病院や医師、介護者も選びます。職場でも暮らしの中でも、買い物一つでも、選択をし決断をしながら、私たちは生きています。その中でも難しく責任を伴うのが、他人の能力、技能を判断し選別する審査でしょう。今回はこの「審査」について考えます。

審査員に求められるもの

 審査とは、書類や創作物、芸能や運動能力、技能、人柄、知識などさまざまな分野で、一定のレベルに達しているか、他に比べて抜きんでているかをはかるものです。体操競技やフィギュアスケートなどのスポーツ全般。音楽や舞踊などさまざまなパフォーマンス、その世界のコンクールやコンテスト、芥川賞、直木賞といった文学賞にも、数多くの門があります。そして当然ですが、電話応対技能検定や電話応対コンクール、企業電話応対コンテストも審査を経て決まります。それだけに、審査に当たる人は、鑑識眼、美意識、評価力、具眼、見識を備えての責任感が求められます。

フジコ・ヘミングは審査員を断った

 美しい音色で、聴く者の心を揺さぶった世界的ピアニスト、フジコ・ヘミングをご存じでしょう。一昨年、92歳で亡くなりましたが、彼女は生前こんな言葉を残しています。
 「私はコンクールの審査をよく頼まれますが、一切お断りしています。なぜなら、日本の審査員たちは、余りに部分に拘り過ぎるからです。小さなミスでも許しません。その点では、フィギュアスケートはすごい。常に部分ではなく全体を見て評価しています」。こう語ったフジコさんは、そのあと一つの例を挙げました。2008年、スウェーデンで行われた世界選手権で優勝した浅田 真央さんのことです。「彼女は、フリーの演技の冒頭で転倒し、フェンスに激突して、出血するかなりな怪我を負いました。しかし、すぐに立ち上がって、そのあとを完璧な演技で滑り舞い、見事に世界女王の座を勝ち取ったのです。音楽の世界ではあり得ないことです」。このフジコさんの話を聴いた時、私は電話応対コンクールだったらどうだろうかと考えました。

絶句を許さなかった全国大会

 もう何年も前のことですが、私はある県で行われた電話応対コンクールの全国大会を視聴していました。審査員ではありませんから、気楽な気分で、私が常日頃考えている良い電話応対の5原則を頭に置きながら聴いていました。①お客さまの要望をしっかり聴いて、訊き出しているか ②ポイントを押さえて、分かりやすい言葉で答えているか ③「間」を大切に丁寧に話しているか ④親しみやすく温かで自然な話し方か ⑤この人に会ってみたいと思うか。全国大会ともなれば、そのレベルには大きな差はありません。それでもその時、私は一人の選手に注目していました。決して完璧ではなかったのですが、実に自然で聴きやすいのです。「この人はいいなあ。絶対に上位入賞だ」と思いながら。ところが後半にきて、残念なことに彼女は絶句しました。10秒ぐらいだったと思いますが、言葉を忘れたのです。その日の審査結果発表で、彼女の名前は、20位までの入賞者の中にはありませんでした。当時の評価では、「絶句」は許容しがたいミスだったのでしょう。そのために、自然な話し言葉で話す温かくて分かりやすい彼女の応対は、俎上(そじょう)に乗ることもなく消えてしまったのです。絶句は通常の電話応対でもあり得るつまずきです。大事なことは、そのつまずきをどうリカバリーできるかにあります。それと部分に拘り過ぎない覚悟です。

審査員がコンクールを変える

 64回を重ねて、電話応対コンクールは変わり始めました。AIの登場が、コミュニケーション社会を激変させつつあるのです。敬語や言葉づかいが変わり、心のこもった挨拶や謝罪、お礼やお願いの言葉を聞くことが少なくなりました。カタカナ語や省略語が激増しました。その結果、言葉が伝わらなくなったのです。この状況を、どこまで許容し、何を是とし何を否とするか。審査員の責任を持った判断に期待します。審査員は十分に時間をかけて討議してください。フジコ・ヘミングさんの言葉を借りれば、AI時代という大きな全体を見て、心が伝わる電話応対を目指す必要があるでしょう。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会検定委員。
NHK アナウンサー、(財)NHK 放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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