第69回「私は~と思います」

テレビに出てくるキャスターやリポーターたちの、「〇〇さんにお話しいただこうと思います」「××についてご意見をうかがいたいと思います」「現場にいる△△記者に訊いてみようと思います」という言い方が、以前から気になっていました。「お話しいただきます」「ご意見をうかがいます」「訊いてみます」と言い切らないのです。断定した物言いを避けて、すべてをあいまいにする近頃の傾向の一つなのでしょう。

「私は~と思います」の二つの意味

キャスター、リポーターの使う「思います」に疑義を呈するところから入りましたが、この言葉がすべて悪いわけではありません。私が本稿を書く趣旨はむしろ「私は~と思います」を、もっと意識的に使うべきだというところにあるのです。

私が参加しているあるサークルで、定期的に小冊子を出しています。メンバーの一人に、Sさんという女性がいます。知識、情報は豊かで頭の回転も速く、気づかいのある素敵な女性です。書く文章も達者です。ところが、前々から、その彼女の文章を読んでいて、何か引っかかるのです。上手い文章なのですが好きになれません。そこから先に入れない冷たさがあるのです。ある時、同じサークルにいるTさんとの会話で、Sさんの作品の話になりました。Tさんは、私の見方に共感しつつこう言ったのです。「Sさんの文章にはアイメッセージがないんですよ」Tさんの一言で、私の長年の引っかかりがスーっと消えました。研ぎ澄まされた知性と教養が随所に感じられ、隙のない名文でした。でも、彼女の文章には、著者のSさんがどこにも存在していないのです。その文章から、素敵なSさんに近づくことはできませんでした。

アイメッセージを届けていますか

アイメッセージ(I message)とは、主語を「私」にして自分の感情、状態、意見などを伝えるコミュニケーション手法の一つです。これによって、相手の意思を尊重しつつ自分の考えを伝えることができ、両者の距離は縮まります。それは、特に文章上の問題ではなく、日常の会話でも、電話応対の世界でも十分にあり得ることです。

かつて、一諸に勤務した同僚の中に、このアイメッセージを全く届けてこない男がいました。優秀な男でしたから、彼の中には自信満々の「正解」がびっしりと詰まっていたのでしょう。論議になると、彼はその「正解」を堂々と主張します。相手が上司であろうと先輩であろうとお構いなしに上から目線で、時には諭すように主張します。悪気はないのでしょうが、周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買っていたことも事実です。もし彼がアイメッセージを意識して、「私はこう思うのですがどうでしょうか」と伝えることができたなら、彼の評価はかなり変わったと思います。電話応対の中でもお客さまの言い分に対して、「それは違いますよ」と切って捨てるように言う人がいます。この時、「お客さまのお考えは分かります。でも私はこう思うのです」と言うのとでは、その後の展開は大きく違ってくるでしょう。

「おっしゃる通りです」という相づち

かつて日本語センターで一緒に仕事をした、Oアナの素晴らしい相づちについては、以前にもご紹介したことがあります。Oアナは人の話を本当によく聴きます。顔を見て、「おっしゃる通りです」と、うなずきながら聴きます。私の話が一段落したところで、彼は自分の意見を言うのですが、それが決して「おっしゃる通り」ではないのです。全く相容れない意見を言います。でも、不思議と腹は立ちませんでした。彼は「岡部さんの意見はおっしゃる通りだと思うのです。ただ私の意見とは違います」と、私の考えを認めつつ、自分の正解をはっきり言うのです。その結果、お互いを認め合いながら、良い話し合いを進めることができるのです。「人は10人いれば10の正解が、100人いれば100の正解がある。決して言い張ることなく、それぞれの正解を認めなければならない」彼から教えられた大事な教訓でした。自分の考えを述べる時には、「私は〇〇と思います」と、アイメッセージとして伝えるのです。その一言から、伝え手の人格まで見えてきます。

言い切る自信がなくて、無意識に、あいまいに「……と思います」を連発しているケースと、自信を持ち過ぎて、アイメッセージなど不要とするケース。どちらもまずは自分の話し方を振り返ってみてください。気づかなかった話し癖に行き着くかも知れません。

岡部 達昭氏

岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。