ICTソリューション紹介
「道具」に振り回されないために経営者は身近なICTを賢く使いこなす知恵を持てシャープやインテルなどの要職を歴任した後、ベンチャーキャピタルを立ち上げ、現在、ビジネスアカデミー「丸の内『西岡塾』」塾長を務める西岡 郁夫氏。同氏の率直で鋭く本質を突いたメッセージは、同塾での講義や全国各地で行っている講演でも多くのビジネス・パーソンの共感を得ています。本誌では、中小企業経営者のICTへの向き合い方をテーマにお話をうかがいました。
業務の現場を知らない人にシステムを任せるのは無責任
—日本の中小企業におけるICT活用の現状をどう見ますか?
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西岡 はっきり言って、非常に遅れています。ICT全盛期のこの時代にいまだに受発注をFAXだけで行っている中小企業がある。今、そんなことをやっている国なんて世界中見渡してもほとんどないですよ。原因は明らかに経営者の勉強不足です。ICTで業務を進める時代と聞いて、「そろそろウチでもやるか」と考えるのは良いけれど、どのようなシステムが必要なのかさえ分かっていない。それにも関わらず「システム部長に任せる」とか「知り合いのところに頼もう」などと、業務の現場も知らない人に任せてしまう無責任な経営者が多い。挙句の果てに無駄な投資になってしまい「ICTは金食い虫だ」とぼやいているのです。
これはインテル在職時のエピソードですが、米国の本社からプロセッサ(ICチップ)5万個分のキャンセルが生じたので、世界中の拠点に追加発注を取るよう指示を受けました。日本ではすぐにオーダーが入ったのでメールにて発注したのですが、時差のために他国に先取りされるということがありました。受注生産管理業務をリアルタイムで処理できなかったことが原因です。これではいけないと考え、リアルタイムで処理できるERP(基幹系情報システム)を導入することになりました。このプロジェクトをめぐり、情報システム部長はシステムを自社開発すると主張。しかし、当事者である業務本部長は、「パッケージソフトには多くの会社の実績があり、ユーザーのベストプラクティスが詰まっている。それを導入しよう。自分が責任者になるから、情報システム部門はサポートしてほしい」と反対したのです。結局、業務本部長の案が通ってプロジェクトが進み、リアルタイム処理システムが完成。その結果、なんと在庫を60分の1にまで減らすことに成功したのです。製造から出荷までの複雑な流れを知り抜いた、現場を熟知した者が率いたからこそ、超大規模システムが短期間で稼働でき、望むような結果が出せたのです。
グループウェアやメールなどの「道具」に振り回されていないか
—「働き方改革」にICTツールをどのように役立てたら良いのでしょう?
西岡 グループウェアやメールを使う人が増えていますが、この便利なツールも使い方を間違えたら悲惨です。特にグループウェアの「会議予約システム」に振り回されている管理職が多いように見受けます。スケジュールが共有されるので、会議への参加を要請されやすく、スケジュールが空いているというだけで安易に応じてしまう。本来、会議は戦略的に考え抜いた上で準備し行うものなのに、安易な態勢で臨むのでは成果も知れたもの。ただただ「忙しい」と駆け回ることになります。また、メールの使い方も無駄が多くないですか?結論を端的に書く、無駄なCC(同報)はしない、返信なしは賛成とみなすなどの「メール・リテラシー」を持っていないのです。私がインテルで学んだのは、優先順位を低くして良い場合は件名に「fyi(for your information:参考までに)」とつけたり、たとえ隣席同士でも、当事者だけの判断では難しい案件には上司にCCをつけるなど、戦略的で成熟したメールの使い方でした。
昨今話題の「働き方改革」には、身近なICTツールを賢く使いこなす知恵と、それを使って、誰でもいつでも業務の引継ぎができる体制づくりが必要です。
AIなどが引き起こす社会や市場の大変革についていくために
—AIやIoTなど新しい技術革新にどう対処すべきでしょうか?
西岡 新しい技術革新はAIやIoTだけではないですよね、ブロックチェーン※1がビットコインを生み、フィンテック※2が決済手段を変えています。でも、これらの技術革新を先端ICT分野のできごとだと見なしている経営者がいますが、それは間違いです。例えば、今使えるAIは「膨大なデータを解析して、最適解を見つける」のに向いています。だからAIで癌の診断と治療法のアドバイスができるのです。今後、急速に身近な業務に使えるものになるでしょう。AIはICTの分野だけでなく、社会や市場の大変革に直結しているのです。また、クルマの自動運転なども、日本人が思っている以上に早く普及すると思います。移動や物流のインフラが根本的に変わるのに、排気量が大きいクルマを乗りこなすのがかっこいいというイメージに固執し過ぎて、いまだに「乗り心地」や「快適運転」とかにこだわっているように思えます。
イノベーションというのは、既存の仕組みを上手く組み合わせて連鎖的・加速度的に起きるのですから、クラウドやスマートフォンやAIがここまで来たなら、次はどうなるか?それが自社の業務やサービスにどう使えるか?といったことを、常に考えていなければなりません。中小企業の経営者といえども、グーグルやアマゾンといった先進企業が始めていることをベンチマークするくらい研ぎ澄ました、ビリビリした感覚を持ってもらいたいですね。(文責/本誌編集部)
※1 ブロックチェーン:分散型台帳技術、または、分散型ネットワークのことで、ビットコインを原型とするデータベース。
※2 フィンテック:金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、ファイナンス・テクノロジーの略。
丸の内「西岡塾」
西岡氏が2002年(平成14年)に立ち上げた若手管理職を対象にしたビジネスアカデミー。約20人の塾生が週に一度集まり、約8か月にわたって毎週講義や演習を実施。異なる業種の塾生同士が議論を深め合う。さまざまなジャンルで実績を上げてきた経営者や学者などが講師を務め、塾生たちの自己変革を促す。
■プロフィール
西岡 郁夫(にしおか いくお)氏
株式会社イノベーション研究所代表取締役社長、丸の内「西岡塾」塾長。工学博士。
1943年、大阪府生まれ。1969年、大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻修士課程修了、シャープ入社。同社情報システム本部コンピュータ事業部長、同副本部長を経て、1992年インテル日本法人に転進。同社代表取締役社長、同会長を経て1999年退職。同年、ベンチャーキャピタルのモバイルインターネットキャピタルを設立。2002年、丸の内ビジネスアカデミー「丸の内『西岡塾』」設立。ベンチャーを支援する「ベテランとベンチャーの会」世話人や大学客員教授など役職を務める。
新刊著書『一流マネジャーの 仕事の哲学』(日経BP社)
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