ICTソリューション紹介
ICTで海の状態をリアルタイムに把握。持続可能な未来の漁業を創るほかの産業に比べ、ICT化が立ち遅れていると言われる漁業の世界。水産資源枯渇という大きな課題に対し、漁師の協力を仰ぎつつ、ICTの力を駆使しながら、果敢に立ち向かっている研究者がいます。公立はこだて未来大学の和田雅昭教授に、ご自身が取り組まれている“ICT漁業”について話を聞きました。
海中の状態をリアルタイムに把握
—和田先生が研究されているICT漁業とは、どのようなものなのでしょうか。
和田 IoTの技術を活用することで、海洋の状態を“見える化”し、リアルタイムに漁業関係者にお伝えするというシンプルな仕組みです。従来は、海中に一定期間設置したセンサーを回収してデータを取得しており、いわば過去のデータを基に解析するしか手だてはありませんでした。海中の状態と魚介類の生育に相関性があると分かっていても、過去のデータでは何ら対策を講じることができません。リアルタイムに状況を把握できるようになったことで、早めに手を打つことができるようになりました。
この取り組みを始めたきっかけは、私が函館にある漁業・養殖業向けの機械メーカーに技術者として勤務していた時代にさかのぼります。私が設計した機械を使っていた養殖場でホタテガイの大量死が発生しました。機械に対するクレームがありましたが、温暖化の影響により水温の変化が顕著になっていると報道があった時期とちょうど重なっていて、単純に原因が機械にあると決めつけてしまっては、もしかしたら来年も同じようなことが発生するかもしれないと考えました。現に、どんなに老練な漁師でも「昔は陸上で感じる気候の変化から海の状態が分かったが、今は明日のことも分からない」と口々に言っていました。それならばこれを機に、海の状態を正確に把握する必要があると直感的に思ったのです。
ところが、海の状態を掌握するには、一定の研究期間も予算も必要になります。当時、勤務していた民間企業では対応が難しく、それなら大学に籍を置く研究者という立場で漁業に貢献しようと、はこだて未来大学の門をたたきました。
ICT漁業の利用価値が認められ今や日本全国に利用者が拡大
—“海の状態を知る”には、どのような計測データが必要になるのでしょうか。
和田 対象となる魚介類によって、必要な情報は変わってきます。この函館地区では昆布の養殖も盛んですが、昆布の生育には塩分濃度や光の量が関係しています。魚の養殖では海中の酸素量を把握する必要があります。中でも最も測定がしやすく汎用性が高いのは水温の変化データです。以前から測定は行われていましたが、海洋観測用として気象庁が使用していた測定器は数千万円になりますし、水産試験場が購入するものでも約600万円になります。私がイメージしていたのは漁師さんが使用する機械ですから、高くても10万円前後が限界だろうと。しかもコンパクトで扱いやすく、彼らが自分の養殖場の位置を示す標識の竿に、簡単に取りつけられるものを作りたいと考えました。
研究を開始した頃はまったく予算がありませんでしたから、マザーボード※の設計から基板の加工まで、すべて自分で対応するしかありませんでした。冬の北海道の海域は氷点下の過酷な環境になるので、測定データを送信する際に信号に遅延が生じたり、電池が一気に消費されてしまったりとトラブルも多発しましたが、測定ユニットを筒状の耐水ケースに入れたり信号の遅延を許容する設計にしたりと、さまざまな工夫を重ねてきました。
—漁師の方からの反応はいかがでしたか。
和田 2006年に現在のシステムの原型ができあがり、漁師さんの手元にあるスマートフォンで水温データが閲覧できるようになったのですが、当初は誰からも振り向いてはもらえませんでした。ところが東日本大震災の後、一気に形勢が変化しました。東北の漁師さんたちが大きなダメージを受けたのはご存知の通りですが、復興に取り組む段階で、震災前と同じ漁獲量が得られなくなり、漁師の感覚として“海が変わった”という言葉があちこちから聞こえるようになりました。私も東北出身なので復興ボランティアに参加していて、そこで地元の漁師さんに提案。この測定器を東北の海に浮かべ、データを提供することにしました。
震災を機に、東京で働いていた若い人たちが東北に戻り、実家の漁業を継承しようという動きが生まれていたのも、私たちの活動の後押しになりました。彼らは漁業の素人であると自覚すると同時にICTの利便性を理解しているため、ICT漁業が積極的に導入されて利用価値が認められるようになったのです。それをきっかけに東北以外の漁場からも声がかかるようになり、今は技術ライセンスを企業に移管して量産。日本全国の海に利用者が拡大しています。
本当に知りたいのは「明日」のこと 経済循環を生むためにあらゆる人たちとつながり無駄をなくす
—現在は、その技術はどこまで応用が広がっているのでしょう。
和田 当初は養殖や定置網など、決められた場所のデータを収集するにとどまっていましたが、水産試験場の方から、「動き回る漁船に設置してほしい」という依頼がありました。現在の水産資源の状態をリアルタイムに把握することで、乱獲による資源の枯渇を防ぎたいと考えたのでしょう。
シーズン前の資源量を把握した上で、GPSの位置情報と漁獲量データを集計して、成長量を加味しながら差し引いていけば“どのくらい魚がいるのか”という現状が分かります。極端に少なくなっていれば、「もう今シーズンは獲らないでおこう」という判断もできます。実際に留萌市のなまこ漁場は、この手法を導入して、“数年後には絶滅”という状態から逃れることができました。
—今後、和田先生はどのようなビジョンを描いているのでしょうか。
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▲タブレット端末に表示された、なまこの漁獲量のグラフ
和田 現在の海の状態はある程度、把握できるようになりました。ところが、私たちが本当に知りたいのは「明日」のことです。函館周辺の海域でも猛烈な勢いで漁獲量が減っています。漁師だけでなく、水産物を加工する会社や飲食店、観光産業にも影響を与えています。海に資源がなくなったら、この町が衰退していくという大前提は当然あるのですが、水産業を持続的なものにしていくためには、魚を売ってお金に換えていかなければなりません。そういった経済循環を生むために、私たちにどんなことができるか。導き出された答えは、あらゆる技術者や業界の人たちとつながっていくことです。
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▲筒状の耐水ケースに入れられた「海水温検知センサー」
私はIoTの専門家ですが、例えばAIの専門家と一緒に、漁船に取りつけられたセンサーによって取得したデータをAIによって画像解析します。傾向がつかめれば、今どんな魚が獲れるのかが分かるようになり、価値の高い魚が獲れるのならば、氷をたくさん用意するなどの準備ができるようになります。逆に魚がいなければ、漁に出る必要がないので無駄な燃料を使わなくなります。そして、明日、どんな魚がどの港で揚がるかということが分かれば、仲買人も無駄なく動けるようになるし、販売計画も立てることができます。それが進めば前日に競りができるようになるかもしれません。売り先をしっかりと確保できればロスがどんどんなくなっていきます。
この先、資源量が劇的に回復することはありえません。そういった状況の中、水産業を持続させるためには、無駄をなくすしか手段はないのです。明日が分かるというのは、そのための最初のアプローチとなります。私が描く漁業の未来を実現するためには、技術だけでなく理解者を増やしていく必要もあると思っています。
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▲センサーから送られた水温データは、スマートフォンで見ることができます
※マザーボード:コンピュータで利用される部品が取りつけられた電子回路基盤。
組織名 | 公立大学法人 公立はこだて未来大学 |
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設立 | 2008年(平成20年)4月1日 |
所在地 | 北海道函館市亀田中野町116番地2 |
理事長・学長 | 片桐 恭弘 |
URL | https://www.fun.ac.jp/ |
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