ICTソリューション紹介
-株式会社三菱総合研究所 / 株式会社LIGHTz-ものづくり大国ニッポンの宝 ベテランの「暗黙知」をAIで継承
記事ID:D10051

超高齢社会の現在、企業の熟練技術者たちが相次いで退職時期にさしかかり、これまで事業を支えてきたベテランの知見やノウハウが消滅の危機を迎えています。多くの企業がベテランからの技術継承に取り組んでいますが、現実は人手不足などの問題から日々の業務に追われ、取り組みは進んでいないのが現状です。新入社員を迎える4月、新人だけでなく会社の未来を背負う若手世代に、どうすればベテランの知見やノウハウを上手く継承できるのでしょうか。
熟練労働者の高齢化が進む中AIを活用した技術継承が増加中
ここ数年、企業の倒産件数が上昇し続けています。帝国データバンクの2024年の全国企業倒産集計によると、倒産企業件数は9,901件となり、3年連続で年間の倒産件数が増加したと発表しました。また日本は2025年に入り、国民の4人に1人が75歳以上の後期高齢者となる時代を迎えました(2025年問題)。
少子高齢化による労働力人口の減少はますます加速することが懸念され、労働力不足の問題は企業の事業継続を左右する深刻な課題になっています。このような背景を受けて、企業の事業継続の大きなカギを握るテーマとして、ベテランの知見やノウハウを次の世代に伝える、「技術継承」の重要性がクローズアップされています。
これまでも企業は、徒弟制度やOJTなどの見て学ぶ技術継承や、集合教育の実施、マニュアルや映像を残す技術継承など、さまざまな技術継承に取り組んで来ました。しかし、期待した効果を得るにはまだまだ課題が残っています。厚生労働省の「2024年版ものづくり白書」によると、製造業の61.8%が「指導する人材が不足している」、46.1%が「人材育成を行う時間がない」と答え、技術継承や人材育成の難しさが浮き彫りにされました。
そこで近年は、AIを導入した技術継承に取り組む企業が増えています。AIの活用はどのようなメリットを企業にもたらすのでしょうか。この分野のサービスで多くの実績を上げる、株式会社三菱総合研究所と株式会社LIGHTz(ライツ)に、AIを技術継承に有効活用するための取り組みについて話をお聞きしました。
「暗黙知」の組織知化プロセスを促進するAI
事例1:株式会社三菱総合研究所の取り組み

デジタルイノベーション部門
ビジネス&データ・アナリティクス本部
AIイノベーショングループ
主任研究員
板倉 豊和氏
熟練のベテランが退職する前に暗黙知を抽出することが重要
ベテランの知識・ノウハウを取り込んだAIを活用して、企業の業務効率化、高度化、技術継承を支援する板倉氏は、日本企業の技術継承に残された時間は少ないと警鐘を鳴らします。
「技術継承の重要性を、多くの企業が認識しています。しかし、技術継承自体は直接収益を上げませんし、何より日々の業務に追われて、取り組みが先送りにされているのが現実です。しかし超高齢社会の現在、多くのベテランの退職が現実味を帯びています。速やかに技術継承を実践しなければ、会社の事業継続にも関わると考え、技術継承の取り組みを喫緊の課題とする企業が増えています」(板倉氏)
ベテランが持つ知識や技術、技能などは後進に引き継がれなければ、ベテランの頭の中だけに留まってしまうため、「暗黙知」と呼ばれています。そして、これらの暗黙知は一つの部署だけではなく、例えば製造業の場合、研究から設計、開発、製造、運送に至るあらゆるプロセスにあり、それぞれの暗黙知によって企業活動が支えられているケースがよく見られます(図1参照)。しかし多くの場合、暗黙知はベテランに属人化(ブラックボックス化)しているので、退職とともに消失してしまう危険性があります。

出典:三菱総合研究所資料を基に作成
一方で、AIツールを活用し暗黙知を代替しようとする企業も増えています。例えば質問に答えてくれるAI、文書を自動作成してくれるAI、計画自動作成ツールなどが、忙しい人間に代わってさまざまな業務の効率化、高度化に貢献しています。しかしAIツールはあくまで業務を代替しているだけです。AIが「なぜそのように判断したのか」「どうしてそう考えたのか」といったベテランの知恵は教えてくれないため、暗黙知はブラックボックス化されたままで、組織としての技術継承はできません。
「技術継承とは、ベテランの知識やノウハウなどの暗黙知を、人が読んだりして理解可能な形に言語化(形式知化)し、会社や組織に伝えること(組織知化)です。そしてこれまで技術継承がなかなか進まなかった理由は、『SECIモデル』によって説明が可能です。SECIモデルとは「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」により、個人が持っている知識やノウハウ(暗黙知)を会社や組織全体で共有して形式知化し、新たな知識を生み出す知識創造のためのプロセスモデルです(図2参照)。この四つのプロセスはスパイラル構造になっており、知識の変換、移転を繰り返して暗黙知は組織知化されるのですが、多くの会社や組織では、個人の暗黙知を形式知化する『表出化』の手前で問題が発生し、技術継承のプロセスがうまく回っていないケースが多いようです」(板倉氏)
ベテランから暗黙知を引き出すために過去のデータを提示して気づきをうながす

出典:三菱総合研究所資料を基に作成
同社が展開している「匠AI」は、図2の表出化(形式知化)をサポートするため、ベテランの暗黙知を抽出しAIに取り込むことで、技術継承にも活用できる高精度なAIを実現しています。暗黙知を抽出する方法や課題について、板倉氏は次のように語ります。
「ベテランの暗黙知をAIに取り込むためには、直接ベテランの口から知見やノウハウを聞きだし、言語化(形式知化)する作業が不可欠です。しかしベテランの中には口下手で、教えたいけど伝えられない方も少なくありません。そこで過去のデータなどを一緒に見ながら、ベテランの気づきをうながす作業を行っています。例えば『この年に数値が大きく変動していますが何があったのですか?』『分布図のこの部分だけ外れ値が多いのは何故ですか?』といった質問を投げかけると、『あの年は~』『その理由は~』など、さまざまな暗黙知が言葉によって抽出されるのです」(板倉氏)
ベテランから直接指導を受ける時間が限られていても、こうして暗黙知が取り込まれたAIを使えば、知りたい情報についてベテランの知識やノウハウを反映した回答が得られ、さらに回答に至る理由説明や関連事例の提示まで可能になります。
「近い将来には生成AIを活用し、より速くSECIモデルを回すことで、技術継承を加速させたいと考えています。そして、最終的にはAIを中心とした企業の技術継承の風土の醸成を目指しています」(板倉氏)
高精度なAIの構築には時間がかかります。何段階もの試行錯誤を重ね、完成には少なくとも半年以上、複雑なAIでは2~3年を要する場合もあると言います。職場のベテランが3年後にまだいるとは限りません。技術継承は、まさに喫緊の課題なのです。
ベテランの考え方から「ブイレンモデル®」を作成 それを基にAI化する
事例2:株式会社LIGHTz(ライツ)の取り組み

株式会社LIGHTz(ライツ)
代表取締役社長CEO
乙部 信吾氏
高度なスキルを継承するためにはベテランの「考え方」の習得が必要
AI技術を活用して技術継承に悩む企業の事業支援を行っている乙部氏は、近年は技術継承を妨げている要因の一つとして人手不足が大きなキーワードになっていて、まず人手不足の解消を課題としてAIに取り組む企業が増えていると語ります。
「人手不足には2種類あります。一つは単純な労働力不足です。これはAIを活用した業務アシストツールで代替可能で、多彩なツールがあります。もう一つは、高度スキルを持った人材の不足です。高度スキルとは、会社独自の考え方やノウハウです。これはベテランに属人化しているケースが多く、とりわけ中小企業に多いのですが、私たちは高度スキルの継承を重視しています」(乙部氏)
ベテランが持つ高度なスキルは、会社独自の付加価値を生む企業競争力の源です。継承せずに放置すれば企業力の低下はまぬがれません。しかし、スキルがベテランに属人化しているため、商機を逃している企業が多いと乙部氏は指摘します。
「例えば、新しい仕事の引き合いは増えているのにベテランが既存の仕事で手いっぱいになっているため、引き受けられないというジレンマに悩んでいる企業が多く見られます。ベテランから若手への技術継承が上手くいかず、いつの間にか新しい仕事に対応できるだけの組織力を失っているのです。問題は、ベテランの『考え方』の継承の難しさにあります。従来の技術継承の現場では、『こういう場合はこうする』という『やり方』を、事例ごとに教えるケースがよく見られます。しかし、それだけではやり方しか伝わらず、『何故そうなるのか』という、高度なスキルの裏側にある『考え方』が十分に伝わりません。そのため、当社では考え方が身につかない限り、組織としての高度なスキルの継承は実現しないと考えています」(乙部氏)
「考え方」をモデル化することで継承を可能にする
同社は暗黙知を持つ熟達者の考えを引き出すため、最低でも1回2時間のインタビューを8回は実施する必要があると考え、顧客にその機会を設けるよう依頼しています。または、提供されたデータを基に「ブレインモデル®」を作成し、熟達者の暗黙知を可視化しています。

図3:ブレインモデル®のイメージ
「当社では、インタビューで得た内容をいきなりAIに学習させてシステムを作るのではなく、一つひとつの言語で構成された思考のネットワーク『ブレインモデル®』(図3参照)を作成します。これは、暗黙知を持った熟達者の思考を言葉のつながりの形で体系化したもので、インタビューで得られた言語を分析し、キーワードとなる重要な言語からどのようにベテランの思考の空間が広がっているのか、着眼点はどこに向けられているのかなどを解析し、ベテランの『考え方』を明らかにしていきます」(乙部氏)
同社はブレインモデル®が完成すると、得られたノウハウやベテランの考え方の解説書を作成し、それをベースに顧客のニーズに合わせたAIシステムを提供しています。
「暗黙知を可視化するためブレインモデル®を作成し、解説書を作るまではコンサルタントの仕事。AIシステムを提供するのはシステムイングレーターの仕事と分けられると思います。これを分けるとお客さまは二重投資になりますので、当社は一気通貫で行っており、この一連の流れを当社では「汎知化®」と呼んでいます。またAIシステムは、お客さまの暗黙知を取り込んだ企業版ChatGPTのようなもので、実装化の支援まで行っています(図4参照)」(乙部氏)

ただし、お客さまの中にはAIシステム提供の手前、解説書を作成した段階で技術継承という目的を果たし、そこで支援が終わるケースもあります。インタビューを受けたベテランからは、「ようやく本当の技術継承ができそうだ」と言った感想をよくいただくのだとか。高い技術力もさることながら、同社の本当の強みは、暗黙知(考え方)を引き出す「質問力」にあると言えそうです。
「AIは通常、過去のデータから学び、過去のデータから最適化しますので、データのない事象には対処できません。そのため、当社は考え方の継承を重視しており、AIシステムを構築する際にも考え方を次世代に伝えていくことを目指しています」(乙部氏)
三菱総合研究所もLIGHTzも、ベテランの暗黙知を引き出すことから始まっている点で共通しています。ベテランの貴重な暗黙知は、もはや一企業の所有物ではなく、モノづくり大国日本の財産です。しかしその暗黙知を引き出すことも、ベテランが健在なうちに取り組まなければ手遅れとなります。そのためにも、技術継承は早めに取り組むべき課題と言えそうです。

会社名 | 株式会社三菱総合研究所 |
---|---|
設立 | 1970年(昭和45年)5月8日 |
本社所在地 | 東京都千代田区永田町二丁目10番3号 |
代表取締役 | 籔田 健二 |
事業内容 | シンクタンク・コンサルティングサービス。ITサービス |
URL | https://www.mri.co.jp/ |

会社名 | 株式会社LIGHTz(ライツ)/LIGHTz Inc. |
---|---|
設立 | 2016年(平成28年)10月5日 |
本社所在地 | 茨城県つくば市千現2-1-6(つくば研究支援センター内) |
代表取締役 | 乙部 信吾 |
事業内容 | スペシャリスト思考の「技術伝承AI」の提供と実務適用支援。「汎知化」技術を活用したナレッジ共有プラットフォームの開発 |
URL | https://lightz-inc.com/ |
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