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-一般社団法人ココロバランス研究所-
従業員を守るために取り入れたいAI・ICTで進めるカスハラ対策

記事ID:D10064

2026年10月から、すべての企業にカスタマーハラスメント対策が法律で義務づけられます。従業員(労働基準法上の労働者)が一人でもいれば、法人化されていない個人商店でも対応が求められる中、中小企業はどのように備えるべきでしょうか。今回は、カスタマーハラスメント対策におけるAI・ICT活用の現状と導入時の留意点について、ココロバランス研究所理事で東洋大学社会学部教授の桐生 正幸氏にお話をうかがいました。

サービス競争が生んだ カスハラの土壌

一般社団法人ココロバランス研究所
理事 東洋大学社会学部 教授 Ph.D.
桐生 正幸氏

 カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)とは、企業の商品やサービスに対する正当なクレームとは異なり、顧客や取引先が従業員の就業環境を害する「著しい迷惑行為」を指します。具体的には、暴言や脅迫、過度な要求など、従業員の心身の健康を損なう行為が該当します。
 カスハラの研究と対策に取り組むココロバランス研究所の桐生 正幸氏は、この問題が社会的に注目されるまでに深刻化した背景には、景気低迷による社会環境の変化があったと解説します。

 「カスハラが社会的に注目を集める契機となったのは、1999年の『東芝クレーマー事件』※1です。この事件では、消費者がインターネット上で企業を告発し、大きな影響を及ぼす構図が生まれました。その後、2000年代には“失われた30年”と呼ばれる長期的な景気低迷の中で企業間のサービス競争が激化し、『お客さまは神様です』という考え方が広がっていきました。さらに消費者側にも、『自分たちは神様なのだから、企業は意見に従うべきだ』という過剰な権利意識が浸透していったのです。結果として、企業自身が悪質なクレーマーを生み出す土壌を作ってしまった側面があります」(桐生氏)

 2010年代に入ると、被害はさらに深刻化します。暴力や不当な金品要求、長時間の拘束、土下座の強要といった事例も報告されるようになりました。それでも多くの企業は十分な対策を講じず、特に非正規雇用者の中には、「カスハラに対応できなければ解雇される」という不安から、助けを求められないまま追い詰められていくケースも少なくありませんでした。結果として、現場では負のスパイラルが生まれていったのです。

【図:悪質クレーム対策(迷惑行為)に関するアンケート調査結果】出典:UAゼンセン

 「こうした状況の中、2017年に産業別労働組合のUAゼンセンが実施した『悪質クレーム(迷惑行為)に関するアンケート調査』(図参照)によって、多様な被害実態が明らかになりました。この頃から、厚生労働省でも問題の深刻さが認識されるようになります。そして翌2018年には、厚生労働省が公的に『カスハラ』という表現を用いるようになり、法整備に向けた議論が本格化しました。こうした流れを経て、現在の対策強化へとつながっているのです」(桐生氏)

企業に求められるカスハラ対策

 では、カスハラ対策が義務づけられる2026年10月以降、企業にはどのような対応が求められるのでしょうか。

 「まず、各企業が自社としてのカスハラ対策を整備し、具体的なガイドラインを策定した上で、従業員への周知を徹底する必要があります。さらに、悪質なクレームによって心身に不調をきたした従業員へのフォロー体制を整え、必要に応じて労災認定への対応まで行うことが求められます」(桐生氏)

 カスハラ対策を怠った場合のリスクについて、桐生氏は次のように話します。

 「厚生労働省から注意喚起を受ける可能性があります。また、就職活動中の学生から、カスハラの多い企業は“ブラック企業”と認識され、敬遠される可能性もあります。実際に私のゼミの卒業生も、就職先を選ぶ際にカスハラの状況を調べていました。現在では、就活生が企業の評判を調べる中で、カスハラ被害の有無を確認することは一般的になっています。会社が自分たちを守ってくれるかどうかが、重要な判断材料になっているのです」(桐生氏)

 このような状況を背景に、近年はAIやICTを活用したカスハラ対策ツールの導入・開発も進んでいます。

 「代表的なものの一つが監視カメラです。最近では、従業員一人ひとりの名札に装着できる小型カメラも登場しており、リアルタイムで現場の状況を把握できるようになっています。カスハラの様子を映像として記録できるだけでなく、『録画されている』という認識を与えることで、抑止力としても機能します。また、業種・業態ごとのカスハラ事例をAIに学習させ、分析に活用する動きも広がっています。例えばコールセンターでは、AIがカスハラの兆候を検知し、通話中の従業員に対して『上長が介入すべき タ イミング 』を 通知 するなど、現場支援に役立てられています」(桐生氏)

 一方で、桐生氏は、「カスハラを起こさせないための抑止力」が、企業にとって必ずしもプラスに働くとは限らないと指摘します。

 「苦情そのものは、誰もが申し立てる権利を持っています。その伝え方や要求内容が過剰で悪質な場合に、初めてカスハラになります。しかし、苦情そのものを言いづらくするような風土を作ってしまうのは問題です。企業にとって苦情は、自社の商品やサービスを改善するためのヒントであり、いわば“宝”でもあります。その価値を失わないよう、経営者はバランスを考えながらツールを活用していく必要があります」(桐生氏)

カスハラ対策で広がるAI技術の活用

 AIを活用したツールについては、桐生氏が教壇に立つ東洋大学と富士通が共同で「カスタマーハラスメント体験AIツール」を開発しています。さらに、2024年12月から2025年3月にかけては、ココロバランス研究所を加えた三者で 、「カスタマーハラスメント対応教育プログラム」の開発に向けた実証実験を行いました。
 同ツールについて、桐生氏は「もともとは特殊詐欺対策向けのトレーニングツールだった」と解説します。

 「特殊詐欺の被害者も、実際に詐欺を経験したことはほとんどありません。そのため、まずはAIに特殊詐欺の事例を学習させました。そして、AI(詐欺者)と高齢者が会話を行う中で、心拍数や呼吸などから心理状態を把握し、どの場面で、どの言葉に動揺したのかを検知できるシステムを開発したのです。さらに、危険な兆候が表れた際には、離れた場所にいる家族などへ通知する仕組みも構築しました。このシステムはカスハラ対策にも応用できると考え、開発したのが『カスタマーハラスメント体験AIツール』(画像参照)です」(桐生氏)

「カスタマーハラスメント体験AIツール」最新版のデモ画像。体験フィードバックの一例

 同ツールはAIアバターが業種・業態ごとのカスハラ場面を再現し、利用者は心理的な圧迫を疑似体験できる仕組みになっています。また、利用者がどのような場面でストレスを感じたのかを可視化するため、心拍数や呼吸を測定し、心理状態を推定します。

 「心拍数や呼吸などに表れる動揺に加え、どのような対応を行ったかも分析し、最終的には『あなたの対応は何点です』といった評価も行います。これにより、ストレスマネジメントを行いながら、適切な対応力の習得を支援する仕組みになっています。今回は、パーソルコミュニケーションサービス社のコールセンターで実証実験を行いましたが、同ツールで訓練した集団と、訓練を行わなかった集団を比較したところ、訓練した集団のほうが、自身の顧客応対を改善しようとする意欲が高まるという結果が得られました」(桐生氏)

 こうした取り組みに加え、近年はAI音声変換技術を用いて、通話相手の強い口調を穏やかな音声に変換し、オペレーターの心理的負担を軽減するツールや、通話対応そのものをAI音声が代行する仕組みなども登場しています。AIによるカスハラ対策は日々進化しており、実証段階から実用化へと移行しつつあります。

 「今後は、カスハラの発生時間や場所といった環境データも蓄積され、発生しやすい状況の分析が、より高度に行えるようになるでしょう。こうしたシステムの活用によって、企業側に内在する要因の特定や改善も進むと考えられます」(桐生氏)

無理なく進める中小企業のカスハラ対策

 中小企業におけるカスハラ対策は、十分に進んでいるとは言えません。とりわけ地方の小売店や個人経営の店舗では、ガイドライン策定の負担やシステム投資のハードルが高く、対応が遅れがちです。こうした状況の中、桐生氏は生成AIを活用した現実的な対応策について次のように説明します。

 「ChatGPTやGeminiといった生成AIは、スクリプト※2次第で無料版でもカスハラ対策に十分活用できます。例えば『青果店の対応スクリプトを考えて』と入力すれば、基本的な対応例をすぐに得ることができます。また、他企業のマニュアルを参考に、自社向けのマニュアル案を作成することも可能です。ただし、生成した内容をそのまま使うのではなく、現場で実際に運用できるかを従業員とともに検証することが重要です」(桐生氏)

 また桐生氏は、「カスハラ対策の大前提は従業員を守ることであり、それは同時に会社を守り、顧客を育てることにもつながる」と指摘します。

 「犯罪心理学の観点から見ると、カスハラの発生を減らすことはできても、クレーマーを完全に排除することは困難です。今後、大手企業で対策が進めば、クレーマーの矛先が未対策、あるいは対策が不十分な中小企業に向かう可能性もあります。そのため、対策を怠る企業ほど標的になりやすく、経営者には従業員を守る姿勢が一層求められます。さらに、インターネット上の誹謗中傷の実態に対する理解が不十分なままでは、カスハラがどのように拡散し、企業の信頼を損なうのかを具体的にイメージしにくいかもしれません。だからこそ、現場をよく理解する人材と連携しながら対策を進めるとともに、ICTやAIの活用を前提とした体制整備が必要です。その結果として、悪質なクレーマーを遠ざけるだけでなく、より良い顧客との関係構築にもつながっていくでしょう」(桐生氏)

 桐生氏は、こうした理不尽なカスハラは「今後、じわじわと減っていくと思いますが、よりリアルからインターネット上に転移していくでしょう」と未来を想起しています。背景にはコミュニケーションが、よりネット上で完結するようになった変容があります。

 「他者への共感性や機微を読む能力の向上が重要です。特に昨今の若い方々は人前で褒められることを嫌がり匿名でのコミュニケーションを好むなど価値観が変化しています。そうした変化に対応した新しいアプローチが必要になってくるでしょう」(桐生氏)

 テクノロジーの進化に伴いコミュニケーションの手法が大きく変化する中、企業にはその変化に対応した顧客対応と環境整備がますます求められます。

※1 東芝クレーマー事件
1999年(平成11年)に起きた、東芝の顧客クレーム処理に端を発する事件。インターネット黎明期の企業告発事件として、企業がクレーム対応を大きく見直す転機となった。
※2 スクリプト
生成AIに対して回答内容を指示する入力文のこと。
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団体名 一般社団法人ココロバランス研究所
設立 2021年(令和3年)5月
所在地 東京都目黒区五本木1-30-1 3B
代表理事 島田 恭子
事業内容 学術的な見地を基に、個人と組織の「こころのバランス」を整える活動の中、その一つとしてカスハラ対応の研究を実践
URL https://kokorobalance.jp/

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