ICTコラム

企業としてのリスクと対策

記事ID:D40072

本連載(全3回)の初回は偽・誤情報が拡散する理由についてバイアスやアルゴリズムの存在を、第2回は個人でも実践できる対策として、メディア情報リテラシーやファクトチェックを中心に説明しました。最終回となる第3回は、前回触れた法的な枠組みも振り返りつつ、企業としてのリスクや対策について解説します。

企業が想定すべき二つのリスク

【図:企業に起こりうる二つのリスク】

 偽・誤情報や誹謗中傷に関して、企業が想定しておくべき二つのリスク(図参照)があります。それは「被害者となるリスク」と「加害者となるリスク」です。
 「被害者となるリスク」とは、例えば、自社のサービスに対して「〇〇が混ざっている」などと否定的な偽・誤情報を流されて売上が落ちたり、関係者に対する誹謗中傷でブランド価値が傷ついたりする事例があります。
 「加害者となるリスク」とは、例えば、自社の発信について事実関係が誤っていたり、従業員や時には経営者が偽・誤情報を発信したり、他社を誹謗中傷したりする事例です。従業員や関係者の発信によって、結果的に企業のブランド価値が損なわれることもあり、この場合は、企業として被害者でもあると言えるでしょう。
 被害者・加害者のどちらにもならないために、それぞれのリスクと対策を具体的に見ていきましょう。

「被害者」となるリスクと対策

 自社やその関係者が、偽・誤情報や誹謗中傷の対象になる危険性は常に存在します。想定されるリスクとしては、以下のようなものがあるでしょう。
 製品・サービスに関するデマによる不買運動や株価下落などの「財務的リスク」、 パワハラ企業などと偽情報を流されることによる採用難や離職などの「人材的リスク」、問い合わせ殺到による業務崩壊や対応コスト増大などの「運用的リスク」、長年かけて築いた信用の失墜という「ブランド的リスク」です。
 偽・誤情報と誹謗中傷は、渾然一体となって一気に押し寄せます。いわゆる「炎上」です。企業のサービスや言動の問題をきっかけに炎上が始まる事例もあれば、まったく問題がないのにいきなり攻撃対象となってしまう事例もあります。
 いずれの場合でも、重要なのは事前の備えです。まず、自社に関するネット上の投稿を監視する「ソーシャルリスニング」で、炎上の火種を早期に発見する体制が必要です。次に、発見した火種の「リスク評価と対応」を決定する必要があります。
 最初は小さくても大きく燃え上がる火種もあれば、すぐに消えて忘れ去られるものもあります。ケース・バイ・ケースですが、誰が監視をし、誰がどういう基準で判断するのかは決めておきましょう。これらを「マニュアル化」しておくことも重要です。
 対応としては「静観する」「反論する」「法的手段をとる」などがあります。世の中には大量の誹謗中傷や偽情報が溢れているので、すべてに反論したり、法的手段をとったりすることは非現実的です。だからといって「静観しておこう」と言っていつまでも何もせず、企業に大きなダメージが出るまで動けなかったという事例もあります。リスク評価について、定量的・定性的な目安を定めておきましょう。

「加害者」となるリスクと対策

 企業自身が加害者となり、社会的な信用を損なう危険性もあります。事実誤認や他社を貶めるような「公式アカウントの問題発信」、従業員の言動が問題になる「個人アカウントからの炎上」、消費者を欺く「ステルスマーケティング※1」や「ディープフェイク※2」、著作権上問題のある「不適切なAI利用」など、事例に事欠きません。
 対策として、公式サイトやアカウントの担当者にとどまらず、全社的な教育が不可欠です。間違った言動があるのは、それが社会的に許されないことであるということを学習できていなかったからです。「悪気はなかった」は通用しません。
 「◯◯してはいけない」という表面的な学習では、なぜ、その言動が駄目なのかを理解できません。より根本的なメディア情報リテラシーを学び、社会の変化を理解する必要があります。
 例えば、よく問題になるテーマとして、ジェンダーや多様性、医療健康、政治、ハラスメントなどがあります。これらについて、どういう言動がこれまで問題視され、炎上したのか、具体的な事例とともに背景を含めて学んでおくとよいでしょう。
 そして、どういう発信が許されないのかを示す「SNSガイドライン」も重要です。私が企業などから研修の講師に呼ばれた際、「ガイドラインはありますか?」と聞くと、実際は作っていても、担当部署のメンバーすらその存在を知らなかったということがあります。ガイドラインは作っただけでは効果を発揮しません。研修を通じて、社内に浸透させましょう。

社会の変化に敏感に、事前の備えを

 偽・誤情報のリスク管理は、もはや広報部門だけの責任ではありません。従業員個人のアカウントからの発信すら企業へのダメージとなりうることを考えれば、全社的な取り組みが不可欠です。
 問題が起こってから対応をしても、間に合いません。平時からのマニュアルの整備や研修の実施、そして、正確で親しみやすい発信を常に心がけることで「信頼の貯金」を積み上げておくことが必要でしょう。支えてくれるファンが多ければ多いほど、非常時に応援する声がソーシャルメディアに広がり、ネガティブな情報の防波堤となり、早期の回復にもつながるでしょう。
 かつては、多少の誹謗中傷や偽・誤情報は静観するのが常套手段でした。しかし、ソーシャルメディアの発達によって、いつでも誰でもどこでも情報を発信・受信・拡散できる時代となり、そのスピードと影響力は桁違いになっています。過去の体験に引きずられず、常に学び、備える姿勢が不可欠です。
 リスクや対策をもっとしっかり学びたい場合は、日本ファクトチェックセンターが無料で公開している「ファクトチェック講座※4」をご覧ください。記事や動画でこれまでに解説した内容をより詳しく学べます。

※1 ステルスマーケティング
事業者による宣伝や広告であるものの、一般消費者には広告と気づかれないような表示をしたもの。
ディープフェイク
AIを活用し、人物の動画や音声を人工的に合成する処理技術のこと。
ファクトチェック講座
YouTubeで公開されている講座。講座を受講するとファクトチェッカー認定試験、合格者の中で教員や企業の研修担当向けの「講師養成講座」も提供している。
https://www.factcheckcenter.jp/info/others/jfc-fact-check-course-20/

古田(ふるた) 大輔(だいすけ)

早稲田大学政治経済学部卒。朝日新聞記者、BuzzFeed Japan創刊編集長を経て独立し、ジャーナリストとして活動するとともに報道のDXをサポート。2020-2022年にGoogle News Labティーチングフェローとして延べ2万人超の記者や学生らにデジタル報道セミナーを実施。2022年9月に日本ファクトチェックセンター編集長に就任。そのほかの主な役職として、デジタル・ジャーナリスト育成機構事務局長など。早稲田大、慶應大、近畿大で非常勤講師。ニューヨーク市立大学院ジャーナリズムスクール News Innovation and Leadership 2021修了。

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