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-一般社団法人 渋谷区中小企業診断士会-
若手従業員の定着率を高めるために必要なAI時代の人材育成方法

記事ID:D10060

近年、若手従業員や新規採用者の定着率の低迷が、多くの中小企業にとって大きな課題となっています。定着率向上や人材不足への対応を目的に、人材育成に力を入れる企業も増えていますが、「時間がない」「育成のノウハウがない」といった理由から、十分な成果を上げられていないケースも少なくありません。そこで今回は、DXを通じて中小企業の経営を支援する渋谷区中小企業診断士会の村松 真氏に、企業における人材育成の現状や、生成AIを活用した新人教育のポイントについて話をうかがいました。

高止まりする若手の離職率と中小企業の人材育成の課題

中小企業診断士 村松 真氏

 厚生労働省が公表した「新規学卒就職者の離職状況」(2021年3月学卒者対象)によると、就職後3年以内の離職率は新規大卒就職者で34.9%、新規高卒就職者で38.4%にのぼります。規模が小さい事業者ほど離職率は高い傾向にあり、例えば従業員29人以下の事業所では、大卒・高卒ともに離職率が50%を大きく上回っています。2025年版中小企業白書では、帝国データバンク「令和6年度中小企業の経営課題と事業活動に関する調査」に基づき、直近3年間で人材が不足していない事業者の定着率は7割以上の割合が高く、不足している事業者では3割未満の割合が高いと報告しています。そしてここ5年間で人材育成の取り組みを増やした企業は、そうではない企業よりも高い定着率を記録しています。
 こうした状況から、採用後の人材育成への取り組みは不可欠となっています。しかし、多くの中小企業ではさまざまな課題を抱え、新人教育や人材育成を十分に実施できていないのが現実です。この点について、村松氏は次のように分析します。

 「中小企業白書では、人材育成に関する課題として『育成に充てる時間的余裕がない』『指導する人材が足りない』と回答した企業の割合が、いずれも4割近くに達しています(図1参照)。人材育成の重要性は理解しているものの、日常業務に追われ、育成に十分なリソースを割けないという中小企業ならではの厳しい実情が浮き彫りになったデータだと言えるでしょう」(村松氏)

 こうしたデータを踏まえ、村松氏は中小企業における人材育成の現状を次のように説明します。

 「中小企業の人材育成はOJT中心で行われるケースが多く、教える側は自分が育ってきた時の感覚のまま指導しがちです。しかし、新人がそれを受け入れられず、両者の間にギャップが生まれている場面をよく見かけます。そもそも仕事の内容や進め方自体が昔とは大きく変わり、お客さまの意識も変化しています。本来は仕事のあり方そのものを見直す必要があるのですが、それを保留にしたまま新人教育を行うという状況が人材育成にも悪影響を及ぼしているのです。例えば製造業では、属人化した技術が現在の市場ニーズに合わなくなっているにもかかわらず、十分な見直しがなされないまま技術継承が行われ、結果として若手従業員がやりがいを見いだせず、離職してしまうケースも少なくありません」(村松氏)

 さらに、ベテランと若手従業員との価値観の違いも、大きな課題だと村松氏は指摘します。

 「以前の日本社会では、仕事の優先順位が非常に高く、仕事のためにほかのことを犠牲にしても当たり前、という雰囲気がありました。しかし、現在の若い世代は、無条件に仕事を最優先する考え方を持っていません。そのため、『これは会社のための仕事だ』と説明すると、『それは社会にとって本当に意味があるのですか』と問い返されることもあります。つまり、『自社が社会にどのような価値を提供しているのか』をきちんと説明できなければ、より社会貢献度の高い企業に移りたいと考える傾向が高いのです」(村松氏)

人材育成に効果的な三つの活用方法

 人材育成の課題を解決するためには、時代の変化、価値観の変化に合わせて育成方法も変える必要があります。近年はその一助として、生成AI及びそれをベースにしたツール(以下、生成AI)を活用する企業が増えています。人材育成の一部をAIに代替させれば、育成担当人材の不足も解消できますが、より有効に活用するため、村松氏は次の三つの活用方法(図2参照)について解説します。

 「まず『教育コンテンツ』の作成に生成AIは向いています。例えば、ベテランのノウハウをコンテンツ化すれば、マンツーマン教育だけでは難しいベテランの知見を若手に継承するための環境を整えることができます。具体的には、ベテランに業務の手順や注意点などをインタビューし、そのデータを生成AIに取り込み要点をまとめさせます。それを人がチェックして図版や写真などを追加すれば、ベテランの暗黙知が可視化された、理解しやすいマニュアルが短時間で完成します。この方法なら、『育成に充てる時間的余裕がない』『指導する人材が足りない』といった悩みが解消できます」(村松氏)

 二つ目として「よくある質問集(FAQ)」の作成支援への活用が効果的です。ただでさえ忙しすぎる先輩に、いちいち教えを請いにくいのが若手の正直な思いです。価値観のギャップも二の足を踏ませる要因です。そこで、社内のあらゆる情報をまとめて生成AIに取り込み、FAQ化(AI-FAQ)させれば、属人化した理解しづらい業務でも現場で役立つ教材になり得ます。また、誰もがいつでもどこでもAI-FAQにアクセス可能な環境が整うため、若手従業員の自律的な学習促進に結びつくと、村松氏は説明します。

 「最近では、『メンター(相談役)』としての役割を生成AIに期待する企業も増えています。例えば、生成AIを活用し、新人の相談役として専門分野や性格の異なる複数のエージェント(仮想の先輩従業員)を作成すると、新人が作成した企画に対して、あるエージェントは財務的な視点から評価し、ほかのエージェントはマーケティングの視点から評価するといったことが行えます。これにより、多角的な視点からアドバイスが受けられ、それをブラッシュアップすることが可能になります。このようなAIモデルを社内研修のワークショップで利用すると効果的だと思います」(村松氏)

三つの活用方法をさらに活かす運用方法

 最近では、新人研修などに生成AIを導入し、実際に成果を上げている企業も増えています。前述した三つの活用方法について、より効果的に運用している事例を、村松氏は次のように紹介します。

 「教育コンテンツを作成する際に課題となりやすいのが、社内制度や社会的ルールの変更です。変更があるたびに作り直す必要が生じ、『更新が追いつかない』『古い内容の教材がそのまま使われてしまう』といった問題が起こりがちです。しかし、生成AIによる作成手順を定めておけば、変更点を生成AIが即座に修正・更新し、教材を常に最新の状態に保つことができます。担当者が作り直しに追われることもなくなり、作成工数が半分以下に削減された事例もあります。特に、セキュリティ教育や社会人基礎研修など、更新頻度の高い教材づくりに有効です」(村松氏)

 自己学習を促すAI-FAQの活用については、明確なルールづくりが重要だと指摘します。

 「先輩が忙しく丁寧に対応できなかったことで、新人が業務につまずくというケースはよく見られます。そうならないためには、新人はまずAI-FAQで確認するということを習慣化させて、それでも分からない点だけを先輩や当該部署に確認するという流れをルール化することが重要です。ルール化した結果、新人が自走しやすくなり、先輩も負担が減ることが多いため、社内FAQを構築した会社の中では、このルールを設けるのが一般的になってきています」(村松氏)

 メンターとしての活用では、カウンセラー的な使い方で効果を上げているケースもあると言います。

 「生成AIが仕事や将来に関する悩みに応じる仕組みを導入し、『今日の〇〇部の判断に納得がいかない』『先輩の言動はパワハラではないか』といった相談に対応する事例があります。中でも上手く運用している事例では、一方的に答えを示すのではなく、『なぜそう感じたのか』『どのような言動があったのか』と対話を重ねることで、相談者の気持ちに寄り添った助言を行うAIメンターを構築しているケースがあります」(村松氏)

生成AI活用の成果を生む三つのステップ

 では、生成AIを導入して期待する成果を得るには、何から始めればよいのでしょうか。村松氏は、三つのステップ(図3参照)を踏むことで、より確かな成果が見込めると解説します。

 「第1のステップは、従業員全員が『生成AIの扱いに慣れること』です。生成AIを導入したからといって、すぐに従業員の能力や生産性が向上するわけではありません。会社が利用ガイドラインや責任の所在を明確にし、その枠組みの中で自由に使える環境を整えることが重要です。生成AIの活用は、習うより慣れることが大切なのです」(村松氏)

 特に、生成AIに文章で質問や指示を出す「プロンプト」の書き方については、意識づけが欠かせないと言います。

 「生成AIと人間の思考プロセスは意外と似ています。期待する回答を得るには、AIが意図を理解できるだけの具体的な情報を与える必要があります。あいまいな質問では、人間と同じように、AIも的外れな答えを返してしまいます。より的確な回答を得るには、条件や前提となる情報を丁寧に入力することが重要です。さらに、社内で良い結果が得られたプロンプトをひな形として共有すれば、活用レベルの底上げにつながります」(村松氏)

 生成AIの扱いに慣れてくると、次第に使いこなしに個人差が表れてきます。

 「第2のステップは、上手に活用できている従業員のスキルアップです。そうした人材に外部研修などの機会を与えると、モチベーションが高まり、生成AIを使って仕事の進め方を変え、小さな成果を生み出し始めます。その成果にインセンティブを与えることで、社内に生成AI活用の機運が一気に広がります」(村松氏)

 こうして個々の従業員が生成AIに習熟し、その有用性が社内で認識されると、会社の明確な意思決定のもとで組織的に業務へ活用する第3のステップへと進みます。「人材育成時間が半分になった」「技術継承の精度が向上した」といった具体的な改善は、この段階でこそ得られる成果です。このレベルに達して初めて、生成AIは本来の力を発揮すると、村松氏は語ります。

生成AI活用のリスクと対策

 このように、生成AIは新人教育や人材育成に有効に活用できますが、同時にセキュリティ対策への配慮も欠かせません。

 「生成AIが出した内容を、最初から正しいと信じ込むのは危険です。生成AIが虚偽の情報を、あたかも事実であるかのように提示する『ハルシネーション』と呼ばれる現象には注意が必要です。生成AIの回答は主にインターネット上の情報をもとに生成されますが、十分な情報が見つからない場合でも、それらしい答えを返す傾向があります。そのため、特に新人が生成AIを活用する際には、ベテラン従業員や担当者が内容を確認する仕組みを整えることが重要です。最初から完璧な成果を求めるのではなく、『AIが作成したものを人が確認・修正する』という意識を徹底する必要があります。また、有名キャラクターなどを無断で使用してしまうなど、著作権侵害のリスクにも注意が必要です」(村松氏)

 さらに、無料のAIツールなどを個人アカウントで利用し、会社の機密情報を入力してしまう「シャドーAI」の問題も深刻です。中小企業では一般的な生成AIサービスを利用するケースが多いと考えられますが、利用条件によっては入力した情報がAIの学習データとして利用される場合があります。その結果、社内の機密情報が別の出力に反映されてしまう危険性も否定できません。こうしたリスクを防ぐためには、「生成AIに入力してよい情報」と「入力してはいけない情報」を明確にした利用マニュアルの整備が不可欠です。
 生成AIは今後も進化を続け、業務を行いながら学習を支援するリアルタイム型の育成ツールなど、より高度な活用法が登場する可能性があります。新規採用者や若手従業員の定着を図る上でも、生成AIを適切に取り入れた人材育成は、今後欠かせない取り組みになっていくでしょう。

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法人名 一般社団法人 渋谷区中小企業診断士会
設立 2016年(平成28年)4月1日
代表理事 瀬尾 千鶴子
事業内容 経営全般の相談、専門家派遣等の対応、各種セミナーの開催、補助金申請の支援など、渋谷区を中心として事業を営む経営者サポートサービスを展開
URL https://shibuya-smeca.com/

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