企業ICT導入事例

-みどりクラウド-
ビニールハウスに設置したセンサーの数値をクラウドに蓄積。イチゴ栽培の効率化と品質強化へ

2018年5月号の特集では産学官連携による「農業ICT」の取り組み事例を紹介しましたが、今回は家族経営の農業生産者が課題解決として取り組んでいる農業ICTの導入事例を紹介します。
長崎県南島原市で野菜や水稲とともにイチゴ栽培に励む農業生産者の栗原 雄一郎氏は、ハウス内の数値をリモート確認できるソリューションの導入で農作業の効率化を進めています。ビニールハウスでのイチゴ栽培は機械化が難しく、人の手に頼らざるを得ませんが、より高品質なイチゴづくりを目指した“理想の栽培”に向けICTを導入して取り組んでいます。

【導入の狙い】経験値や勘に頼らないイチゴ栽培の手法を確立するとともに農作業の効率化を目指す。
【導入の効果】データの“見える化”で病害虫に強いイチゴづくりが実現。農作業の負担も大きく軽減。

「経験値や勘」だけに頼らない農業を目指しICT導入を模索

  • ▲農業生産者 栗原 雄一郎氏

    栗原 雄一郎氏は、生まれ育った長崎県南島原市の農業生産者です。特に力を入れているのはイチゴの生産で、作づけ面積20アールほどのビニールハウスで育てる高級品種「おいCベリー」「桃薫」(とうくん)は、取引先からその品質が高く評価されています。

    地元の農業高校卒業後、福岡県の研究機関で2年ほど学んだ栗原氏は、自身で農業に携わるにあたり、一つの考えを抱いていました。

    「農業の世界は“経験に学べ”“作物と会話せよ”という風潮が長く続いてきました。確かにそうした経験から生み出された感覚は大切です。ただ、そうした“経験値や勘”を温度や湿度、CO2(二酸化炭素)濃度、土壌水分量などのデータで裏づけ、理論化できないかと考えていました」(栗原氏)

農業ICT企業のサテライトオフィス進出で導入が現実化

近年の農業分野でのICT利用の拡大を受け、機が熟したと判断した栗原氏は、そうした計測ソリューションの導入に向け舵を切ります。しかし、そこには厳しい現実がありました。 「その多くは導入、運用コストがあまりにも高かったのです。それは、もう少し生産規模を拡大すると何とかなるといったものではなく、導入は現実的に不可能だろうと思えるものでした」(栗原氏)

そんな時、栗原氏にとって追い風となる環境の変化がありました。農業IoTサービス「みどりクラウド」を提供する株式会社セラクが、総務省や南島原市の後押しを受け、市内の小学校跡地にサテライトオフィスを設置したのです。(「みどりクラウド」は、NTT東日本の「ギガらくWi-Fi」の「IoTサポートオプション」の対象端末に採用されており、動画や複数のセンサーを利用することができる)

「実は、『みどりクラウド』は、低コストで、検討した計測ソリューションの中で唯一、導入可能ではないかと考えていました。そのセラクが南島原市に進出するという話を聞き、これは良い機会だと思いました。2016年10月に導入に向けて話を始め、わずか2ヵ月後の12月に導入となりました」(栗原氏)

▲ビニールハウス内に設置されたモニタリングシステム(左)と栽培されたイチゴ(右)

そうした短期間での導入が可能となった背景には、「みどりクラウド」のコンパクトな設計にあります。

「『みどりクラウド』の設置に必要なのは電源だけで、ビニールハウスにはすでに用意されています。各種センサーが計測した値は携帯電話回線を経由してクラウドに蓄積されるため、ほかの設備は不要でした」(栗原氏)

ハウス内環境の遠隔での確認が可能となり負担軽減を実現

こうして栗原氏が「みどりクラウド」を導入して、ほぼ1年半。イチゴは作づけが9月なので、2017年から2018年にかけて、作づけ、育成、収獲というサイクルが回ったことになります。

「まず、何より驚いたのは、自分の感覚のズレがデータにより指摘されたことでした。植物は光合成により二酸化炭素を取り込み、酸素を排出します。つまり光合成が活発になるとハウス内のCO2濃度が低下するため、外気を入れて濃度を元に戻す必要があります。これまでは『このくらいのタイミングで大丈夫だろう』と思ってやっていましたが、実際には想像よりも早く濃度が低下していることがデータで確認できました」(栗原氏)

こうしたCO2濃度のほか、温度や湿度のデータはパソコンやスマートフォンを使い、どこからでも確認可能で、設定により異常値をアラームで知らせることもできます。

「例えばハウス内温度の調整に必要な屋根の開閉にしても、今までは現場まで行って温度を確認し、不要であればまた自宅に戻ってあらためて出直すということもありました。また出張でそうした作業を家族に頼む時は『本当にやってくれたのかどうか』が不安でした。しかし導入後はスマートフォンで状況を確認し適切なタイミングに電話で依頼をし、後でデータ、もしくはハウス内に設置したカメラの画像をスマートフォンで確認するというフローになり、格段に便利になりました」(栗原氏)

生育に関わるデータをAI(人工知能)が分析、理想のイチゴ栽培環境の実現も

こうしてハウス内の環境をデータで見える化し、自分の考える理想のハウス内環境に近づけていった結果、イチゴの生育はこれまでになく順調になったと、栗原氏は語ります。

「適切な温度、湿度、CO2濃度を保つことでイチゴの苗そのものが病害虫に強くなり、薬剤の利用も驚くほど減少しました。実はイチゴは病害虫に弱く、私自身は『無農薬栽培は現実的ではない』と諦めていたところもありました。しかし今はそれが現実のものになるかもしれないとも思い始めています」(栗原氏)

そして栗原氏は、さらなる農業ICTの未来を頭に描いています。

「自分がこれから何年にもわたり蓄積した栽培データと品質との相関性をAIにより分析すれば、収量や品質で、これまでをはるかに上回るイチゴ栽培が可能になるかもしれません。実は息子の代に受け継ぐ農業の形を思い描くと、そうした未来も案外近いのではとも夢想しています」(栗原氏)

栗原氏のような生産者の思いとICTの進展により、日本の農業はその姿をきっと大きく変えていくことになるはずです。

みどりクラウド

株式会社セラク(本社・東京都新宿区)が提供している温室内環境遠隔モニタリングシステム。自動的に圃場(作物を栽培する田畑やビニールハウス)の環境を計測、記録し、そのデータを離れた所からいつでも確認することができる。全国の生産者の声をもとに必要な機能に絞り込むことで、コスト削減にも貢献する。IoTセンサー装置の利用方法に関する問い合わせやトラブル時のサポートなどはNTT東日本にまかせることができる。

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