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「きれいな心」のその先に、成功は訪れる。2020年、5G実用化でビジネスはこう変わる

現在実証実験が行われている次世代通信技術「5G」が、まもなく実用化を迎えます。5Gはこれまでの4Gとどのように異なるのか、そして5Gは企業活動にどう影響を与えるのか、東京大学大学院教授 森川 博之氏にうかがいました。

—5Gが、これまでの4Gに対して、どのような特徴を持つのか、簡単にご紹介ください。

▲東京大学大学院
工学系研究科電気系工学専攻
教授博士(工学) 森川 博之氏

5Gには三つの特徴があります(図1参照)。まず一つ目は、「高速大容量」であることです。5Gの最高伝送速度は現在の4Gよりも100倍ほど速く、例えば2時間の映画も3秒でダウンロードできます。次に「超低遅延」です。遠隔地にある機器との通信でもタイムラグがなくなり、例えばロボットの操作もほぼリアルタイムで可能となります。最後に「多数同時接続」です。4Gに比べ圧倒的な数の機器を接続することが可能となり、自宅ではさまざまな端末が、工場など事業所では膨大な数のセンサーやメーター、カメラなどがインターネットにつながることで、これまでにない利用方法が生まれると考えられています。4Gは主に“ヒトのコミュニケーションのためのインターネット”でしたが、5Gでは“モノのインターネット(IoT)”の世界が展開することになるのです。これこそが、5Gが盛り上がっている大きな理由です。これまでも移動体通信は1Gから4Gまで、どんどん高速化、大容量化が進んできましたが(図2参照)あくまで対象はヒトであり、消費者向けに事業展開する企業以外に大きなインパクトはありませんでした。しかし、モノとモノがつながることは、製造業をはじめ、あらゆる産業に変革をもたらす可能性があります。

将来を見通せる会社に、大きく伸びるチャンスが

─では5Gの実用化で、世の中も大きく変わるのでしょうか。

ここで一つご理解いただきたいのは、たしかに5Gは通信における大きな進化であり、4Gに比べさまざまなメリットを持っています。しかしそれはあくまで着実な技術の積み重ねによりもたらされたもので、4Gとは異なる画期的な技術ではないということです。誤解を恐れずに言えば、5Gで実現できることの多くは、通信の速度、反応の遅れなどに多少目をつぶれば、4Gでも実現可能です。そのため、5Gに目を向けてその中身を検討した人の一部には、本当に5Gが必要なのか?という「5G不要論」のような考えを抱く人もいます。たしかに、今目に見えているビジネスやサービスだけで考えれば、その見解は断片的には当たっています。しかし5Gは、これから展開するインフラであり、高速大容量など先に挙げた特徴が、将来どんなビジネスやサービスにつながるのか、まだ誰にも分かりません。インターネットを使った動画配信サービス「Netflix」を例に挙げてお話ししましょう。Netflixがサービスを開始した2007年当時、インターネットの速度は今よりも遅く、大容量の動画を快適に楽しむことはできませんでした。しかしNetflixは、近い将来そうした課題が解決すれば、消費者はブルーレイやDVDを借りに行くよりも、オンラインのVOD(ビデオ・オン・デマンド)を楽しむようになると予想して、事業を開始しました。そうした技術の動向と消費者の隠れたニーズについて先見の明があったからこそ、現在、動画配信サービスで覇権を得ることができたのです。5Gの実用化も、Netflixのように将来を見据えた新たなサービスを提供できる会社にとって、大きく伸びるチャンスとなるはずです。

DXを実現し、生産性向上の大きな切り札に

─そうしたサービス提供という視点から、5Gは4Gとどのように異なるのでしょう。

携帯電話の誕生から4Gに至るまで、サービスの内容は通信事業者が考えて提供していました。音声通話はもちろん、携帯電話によるインターネットサービスもそうです。ヒトとヒトがつながる通信だったので、それで良かったのです。しかし5Gではモノとモノがつながるようになります。あらゆる産業の、あらゆる場面で活用が進むため、現場を知らない通信事業者は、どこでどんなサービスに活用できるのか、何を提供すればいいのか、分かりません。例えばNTTドコモは「ドコモ5Gオープンパートナープログラム」により5Gの技術検証環境を無償で提供していますが、これも「5Gを何に使えるのか」を現場から吸い上げたいという思惑によるものです。つまり5Gは、4Gとは異なり、待っているだけではサービスは下りてきません。5Gのビジネス活用においては、現場の人間、会社が、5Gをどう使えるのかを自ら主体的に考え、必要に応じ通信事業者からサポートを受けたり、他事業者とコラボレーションするといった姿勢が求められるのです。

─5Gは最終的にどのようなメリットを企業にもたらすのでしょうか。

5Gは、IoTやAIとともに企業内におけるDX※1(デジタルトランスフォーメーション)、つまりITを活用した課題解決による生産性の向上のツールになると考えています。日本は少子高齢化が続き、これからも労働力人口の減少が避けられません。例えば欧米では、こうしたITの普及が労働者の雇用を奪うといった議論がなされています。しかし日本は、ITが雇用を奪う早さ以上に労働力人口が減っており、ITを使わないという選択肢はなくなっています。つまり現在は雇用の心配を恐れず、どんどんITを導入し、DXを強力に推進していくには絶好のタイミングであると言えるのです。まずはアナログでやっていることをデジタル化することから始めましょう。アナログで進めていた仕事をデジタル化して5GやIoTでそのデータを蓄積、AIで解析し、その結果をまた仕事にフィードバックするというCPS※(2 サイバーフィジカルシステム)のサイクル(図3参照)を多くの方々が導入していくことで、生産性は大きく向上すると思います。

変革実現のために求められるのは“海兵隊型の組織”

─そうした変革を推し進めていく上で、求められる企業像というものはありますか。

5Gを使ったDXで社内変革を目指す企業、5Gで新たなサービスを提供する企業のいずれにおいても、私は“海兵隊型の組織”が重要であると思っています。海兵隊は、戦場において本隊が出ていく前に敵陣に斬り込む役割を持つ部隊であり、海兵隊が先遣隊として地ならししたのちに本隊が進出します。5Gの活用にあたっては、まずは海兵隊のように、コンパクトでフットワークの軽い部隊が出ていって、失敗を恐れずにチャレンジするということです。うまくいけばさらに推し進めていけばいいし、失敗したらいったん後退すればいいのです。私は経営者団体などで講演する際、かならず「デジタルは海兵隊です。ぜひ失敗を許容してあげてください。KPIとか売上の見込みとか、そういった数字の質問はしないでください」とお話ししています。「やってみないと分からないのがデジタルであり、ロードマップの設定なんてできないんです」と。さらに経営と現場が近い、風通しの良い組織であることも重要です。現場がせっかく良いアイデアを持っていても、その声が中間で拒絶されてしまい経営に届かない組織では、スピーディーな変革はできません。そういう意味で、小回りの利く中小企業こそDXの実現には優位性があるとも考えます。

“つなぐ人”の存在が、大きな飛躍のポイントに

─ほか、5Gを活用する上でのヒントはありますか。

リスクを少なくする5Gを活用する方法は、今まで4Gでやっていたことを5Gでやってみることです。例えば4Gのネットワークを使い、画像を送る業務を5Gに置き換えてみてはどうでしょうか。4Gから5Gにスイッチすることで、伝送速度は大きく向上します。より高精細な画像もより短い時間で送ることができるようになります。そうした置き換えで、必ず何か“気づき”が生まれるはずです。また私自身が5G活用の上で重要視しているのは、技術と現場を結ぶキーパーソン、ちょうどいい言葉がないので私が“つなぐ人”と呼ぶ役割の存在です。現場も技術もアルゴリズムもすべて分かっているスーパーマンのような人がいれば理想ですが、そんな人はいません。現場が何を求めているか、技術で何ができるかを理解し、その双方をつないで事業開発ができる人が“つなぐ人”です。そして“つなぐ人”が、社内だけにとどまらず、例えばこの課題はあの会社の技術で解決できるとか、会社の垣根を超えて活躍できることが重要です。そして企業間の関係で付け加えるなら、そうしたコラボレーションの成功には“きれいな心”“与える心”が大きな意味を持つと考えています。企業同士が手を取り合って成功を目指すためには、「自分だけが儲けられればいい」とか「安くしてくれるならば使ってやる」といった考え方ではなく、互いを敬い、成功をともに目指す姿勢が必要なのです。欧米の企業は利益にシビアですが、こうした相手に与える心をビジネスエシックス(ビジネスにおける企業倫理)として守っています。相手に与えれば、きっと成功が近くなると考えているのです。日本人はそもそも“徳の心”を重視してきました。「三方(さんぼう)良し」という言葉にも、その心が表れています。5Gを活用するにあたり、もう一度、そこに立ち返ってみてはどうでしょうか。

“失敗の経験値”が、次なるチャレンジを成功に

─5Gの普及が進む上で、セキュリティ上のリスクにはどう対処すればいいでしょう。

5GではあらゆるモノがIoTでネットワークにつながることになります。そのため、セキュリティ対策はこれまで以上に重要になります(図4参照)。今まで我が国では海外に比べ相対的にICT投資が少なかったことから、セキュリティにあてる費用も少額でした。しかし5Gを使ったIoTが本格普及する段階では、きちんとお金をかける、しっかり対策する必要があります。お金をかけず、便利さだけを享受しようとしてはいけません。セキュリティ対策を誤れば、企業の経営を直撃する問題になると考える意識改革が求められているのです。

─最後に、5G導入に向けての展望をお聞かせください。

これまで申し上げてきたことの繰り返しになりますが、5Gを活用しDXを実現するには、失敗を恐れずにチャレンジするマインドと、その失敗を許容できる企業風土が必要です。そして失敗をどう評価するかもポイントとなります。例えば何かにチャレンジして最終的に事業化できなくても、「価格に見合うサービスを提供できなかった」「技術面でのハードルが高かった」といった“失敗の理由”が明らかになれば、それはチャレンジの成果なのです。そしてその失敗は、得られた経験値を合わせ、いったん“引き出しにしまえばいい”のです。価格や技術など、課題がクリアになれば、その経験値は次のチャレンジの時に活きてくるわけですから。2020年、5Gの実用化をトリガーに、組織改革、生産性向上を、ぜひ進めていただきたいと思います。

※1 DX:Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略称。ICTによりさまざまなデータを集積・利活用することで、新たな仕組みを創出し、既存の仕組みを変革すること。
※2 CPS:Cyber-Physical System(サイバーフィジカルシステム)の略称。現実世界(フィジカル空間)から得られる膨大なデータをコンピューター(サイバー空間)上で数値化して定量的に分析。その結果をフィードバックすることでより効率の良い高度な社会を実現するためのシステムのこと。
※3 HEMS:Home Energy Management System(ホームエネルギーマネジメントシステム)の略称。家庭で使うエネルギーの管理システム。照明や情報家電まで含め、エネルギー消費量を可視化しつつ積極的な制御を行うことで、省エネやピークカットの効果を狙う。
※4 コネクテッドカー:ICT端末としての機能を有する自動車。車両の状態や周囲の道路状況などのさまざまなデータをセンサーにより取得し、ネットワークを介して集積・分析する。

森川 博之氏

東京大学大学院 工学系研究科電気系工学専攻 教授 博士(工学)1987年東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。モノのインターネット/M2M/ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモモバイルサイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代IoT/M2Mコンソーシアム会長、総務省情報通信審議会部会長、国土交通省国立研究開発法人審議会委員など。著書に「データ・ドリブン・エコノミー」など。

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