第64回「若者とのコミュニケーション」

「若者とのコミュニケーションが上手く取れない」と悩んでいる管理者が最近増えていると聞きます。その傾向は昭和のバブル期の終わりごろから徐々に現れ始めたようです。“物言わぬ世代”と云われる若者のコミュニケーション能力に問題があるのか、その扱いに戸惑う管理者側に原因があるのか。今回はこの問題を考えます。

批判される若者たち

最近、若者のコミュニケーション能力の不足を危惧する論調が目につきます。自分勝手で冷めきっている、周囲の出来事に関心を示さない、人への気配りがない、スマートフォンばかり触っていて本を読まない、考えて判断しない、言葉を知らない、礼儀を知らない、仲間内では喋るが必要な時に喋らない、会合や飲み会などに誘っても参加しない……など、若者批判は容赦なく続きます。しかし、一方では、「そんなことはない。いつの時代も若者は批判されるものだ。その批判に反発しながら変わってゆくのだ。今の若者は昔の若者よりはるかに優秀で積極的で、効率的に人間関係を作る逞たくましいコミュニケーション能力を持っているよ」と、若者を擁護する意見もあります。そのどちらに与くみするかはともかくとして、新卒者採用の第一条件に、コミュニケーション能力を挙げる企業はいまだに多いのです。

「平成」という時代は、コミュニケーション社会の大きな転換期でした。ICT社会、AI時代の到来により、人間の主体性が奪われようとしています。そこに、濃密な人間関係を必要とする企業社会の危機感が、次代を託す若者への批判となって表れているのでしょう。

コミュニケーション能力とは何か

コミュニケーション能力とは、「言葉によって意志や思想などを伝える能力」です。もっと単純に言えば、話す力・聴く力です。家庭でも学校でも職場でも、私たちはこの言葉によるコミュニケーション能力で、知識や情報を得て、気持ちを伝え合い、人間を理解してきました。ところが、パソコン、スマートフォンの登場がこの関係を根本から覆しました。コミュニケーション能力の介在なしに、指先一つで若者たちは膨大な知識や情報を、容易に手に入れることができるようになったのです。

ICT技術の革命的進歩は、便利さの反面、人間関係、コミュニケーション関係に大きな変化をもたらしました。かつては、その圧倒的な知識や情報量、豊富な経験で若者たちの優位に立って、一いち目もくも二にもく目も置かれていた先輩上司たちが、ICT機器の操作技術で立ち遅れました。中にはそれが劣等感となって、若者への厳しい指導ができなくなったとぼやく管理者の声も聞こえてきました。職場での両者のコミュニケーション関係が変わり始めたのです。

これからのコミュニケーション能力教育

「物言わぬ若者たち」などという批判的な言葉も生まれています。しかし、物言わぬからと言って、必ずしもコミュニケーション能力がないとは言えません。今のICT化、AI化の流れは、速度を速めこそすれ変わることはないでしょう。その上、若者と中高年者というコミュニケーション関係に、もう一つAIロボットが加わって、家庭も職場もさらにややこしくなりそうです。

NHK Eテレ(教育テレビ)で放送された番組のタイトル名を借りれば、私たちは今「人間ってナンだ?」ということを真剣に考える必要があるのではないでしょうか。直近に迫ったAI時代に、人間に期待されるコミュニケーション能力とは何か。聞く力、話す力、考える力については百歩譲ったとしても、決定的にイエローゾーンに入っているのは「人間らしさ」の教育だと私は考えます。99%の若者が、何の疚やましさも反省もなく、優先席に座ってスマートフォンをいじっている光景を日々見ていると、彼らがいくら優秀であっても、人間が全く見えていない恐ろしさを感じます。そうなった原因は、私ども中高年の行動にあるのでしょう。だからこそ、中高年の管理者層には、若者たちの「言葉と人間力の教育」を担ってほしいと期待します。

日本人の美徳として、日本の歴史とともに歩み続けてきた「和語」。そこには、絶滅危惧語となりつつある温かくて優しい言葉が沢山あります。「おもいやり」「いたわり」「はじらい」「つつしみ」―。これらの言葉を若者たちがさりげなく使えるようになった時、AI時代のコミュニケーション能力は、健全に生き続けるでしょう。

岡部 達昭氏

岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。