電話応対でCS向上コラム

第60回「常識が変わる」

「いきなり電話」とは何?

 「いきなり電話」という言葉を初めて耳にしたのは、3~4年前でした。「何それ?」と訊くと、「電話をかける時に、事前にメールで『これから電話をしても良いですか』と了解を得なければいけない。その了解なしに電話をかける行為を『いきなり電話』と言ってマナー違反なんですよ」と教えられました。そう言えば、その数年前から、若い人からしばしばその手のメールをもらうことがありました。その度に、「いいですよ」「ハイ結構です」と返信しなければならない。何と面倒な!ダメなら電話に出ないだけだから、直接電話をくれればいいのに、と少々腹を立てていました。ところが、この「いきなり電話」は、1億7千万台を越えるモバイル電話時代の新常識になっていたのです。

新たな常識が生まれる

 変化の激しい今の時代には、いつの間にか常識が常識でなくなっていることが多くあります。反対に「いきなり電話」のように、思いがけないことが常識になっていることもあります。出勤したら、私物の携帯やスマートフォンはロッカーにしまって職場には持ち込まないというルールは、大分以前から多くの企業や役所の常識として定着しています。しかし、急ぎの連絡をとりたい時にも、退社時を待たなければならないのは不便でもあります。

 ベビーカーで電車に乗る時には、以前はベビーカーを畳んで、赤ちゃんは背負うか抱くかして乗ったものです。それが常識でした。当時のお母さんは大変だったでしょう。今は堂々とそのまま乗車しています。

 「リュックサックは手に持つか網棚に上げてください」という車内アナウンスも、最近は少なくなりました。リュックサック愛好者がこれだけ増えると、常識まで変えるのでしょうか。

 電車内やホームで飲食をするのも当たり前の光景になりました。昔は「常識に欠ける人が行う事」として、周囲から冷たい目で見られたものでした。

 挨拶状や礼状、時には賀状までもメールで済ませる人が多くなりました。かつては大変失礼な行為とされていたはずです。

 お客さまにペットボトルのお茶をそのままお出しするなどは、とんでもない非常識な行為でした。それが今では、「ペットボトルでのお茶の出し方」というマナーまであるのです。

知らない人とは口を利かない

 良き人間関係を築くためには、言葉によって理解し合うことが何より大事です。そのための会話が極端に減り、それが常識になりつつあることに大きな危惧を覚えます。

 長距離の列車に乗る時には、隣席の人に「よろしく」とか「失礼します」と、一言挨拶をするのが常識でした。それが今は、知らない人とは口を利かない、というのが常識になりました。子供の頃からこの教育は徹底しています。新幹線などで、窓側の席の人は、出入りの度に、通路側の人に負担をかけます。以前は「失礼します」「どうぞ」「ありがとうございます」と声を交わし合ったものです。そこから会話が弾んだりしました。ところが今は、その一言さえ面倒なのか、双方全く無言です。

 挨拶をしない、口を利かないということは、会話力を弱めます。人の心が読めなくなります。こちらの気持ちを伝えられなくなります。その結果、人間関係を狭めます。必要なこと以外は口を利かない。その必要なことも全てメールで伝える。それが常識になってしまいますと、電話応対はマニュアル通りのことをパターン化した言葉で伝えることしかできなくなるでしょう。

常識には常に思いやりの心が必要

 電話応対を支えるものは、常に常識的であるべきだと思います。とは言っても、常識は時代の変化の中で変わって行きます。野放図に時代の流れ、周辺の変化に任せるのは極めて危険です。企業効率が優先されたり、変化を嫌う企業体質の犠牲になったりもします。

 常識の根源には、常に人への思いやりが必要です。そして、それを伝える言葉の力です。あたたかい思いやりの言葉、柔軟で闊達な会話力、インプロ力※、そして「これでいいのか」と主張する勇気。それがAI時代に生き残れる電話応対者だと思います。

※インプロ力:インプロヴィゼーション(即興)の略で、台本にはないアドリブのこと。状況に応じて即興で応対できる能力。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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