ITコーディネータが考える「使えるICT」 Vol.22

【「情報共有」の罠(9)】
ファシリテーションの真実

井門 良貴氏井門 良貴氏株式会社ウィルコ代表取締役。第1号ITコーディネータとして制度設立に関わる。東京大学法学部卒業。日本IBM在籍後、独立系コンサルタントとして活動。あらゆる業種の大企業から中小企業の経営改革に関わってきた。

前回は、社会的手抜き、同調圧力、少数派影響力、集団極性化現象、過剰忖度など、集団的意思決定の弊害について解説しました。これら情報共有の失敗をもたらす原因を解消し、合意形成を実現するコミュニケーションコントロールのことを「ファシリテーション」と呼びます。今回は「情報共有」の罠をテーマに繰り広げてきたシリーズの最終回として、このファシリテーションの真実について解説します。

1.ファシリテーションとは

我々が情報共有または合意形成を行う際に使われる、最も一般的な方法は「会議」です。経営改善を推し進める上でのICT導入検討なども、経営部門、利用部門や電算部門など関係部署からメンバーが集まって行う会議で決まります。ちなみに、業務内容や地位によって異なりますが、会社の全体業務に占める会議の割合は、全体平均で15.4%。しかも、企業規模が大きくなるほど全体業務に占める会議の割合が高くなっています(出典:株式会社NTTデータ経営研究所「会議の革新とワークスタイル」に関する調査より)。結論が出ないまま何時間も眠たい会議が続き、結局何も決まらず次回に持ち越しになる…。残念ながら、これが組織における意思決定の実態です。このような事態を避けるために、効果的かつ効率的な意思決定を実現するためのマネージメントを「ファシリテーション」と呼びます。


2.ファシリテーションスキルが合意形成を効率よく支援

米国などでは、決まらない会議に使われている莫大で無駄な人件費を生き金に変えることのできる活動として、このファシリテーションが非常に重要視されています。ファシリテーションのプロフェッショナルには、年額で数億円の報酬が支払われることもあります。

先月号でも述べましたが、筆者が勤めていた外資系のコンピューター会社では、顧客企業に対して総合的ファシリテーションサービスを営業支援プログラムとして提供していました。これが、競争相手の国内メーカーを凌駕する要因となり、数億円の価格差を埋めてくれていたのです。何十人もの人間が何ヶ月もかけて決まらないことが、我々のファシリテーションサービスにより数日で、しかも全員一致で決まるのです。本格的なファシリテーションには、それほどの大きな力があります。

特にITコーディネータは、企業間の壁や部門間の壁をクライアントのお客さま自身が突破できるように、ファシリテーションスキルによってチームの合意形成を効率よく支援することが求められます。クライアントである企業のお客さまに対しても、長年培ったICTと経営に関する知識と経験を整理して説明することで、ICT経営の進め方を理解していただき、経営改善の効果を実感していただくことで評価が得られるのです。


3.広く行われているファシリテーションとICTの活用

そこで、ファシリテーションに必要とされる、情報収集から意思決定の一般的なプロセスを追いながら、そこで必要となるICTの活用について解説します。

❶多数の情報出し(分散)

まず、意思決定に必要な情報を用意するための一連の流れを、別名で「分散プロセス」と呼びます。ここでは、会議参加者の思考の対象となる情報を多数引き出すことから始まります。参加者から大量の情報を引き出すためには、参加者の発言量を増やす必要があります。そのためには、発言しやすい雰囲気作りとモチベーションの向上を図らなければなりません。質より量が重視されるのがこのプロセスなのです。

ただ、会議においては、積極的に発言する人と、あまり発言しない人が必ず存在します。これらを平準化していくための方策としては、思いついた内容を紙に書いてカード化するという方法が広く行われます。物理的に紙を使ってまとめていくと、最終的なドキュメンテーションが面倒なので、紙ではなく表計算ソフトにデータを書き込んでいったり、このような作業(brain writing)専用のソフトウェアを利用したりします。

❷情報を整理し抽象化する(収束)

上記の分散プロセスが完了したら、次に行うのは大量に抽出した情報を整理し、少数の操作可能な情報に整理することです。そのために、さまざまな「フレームワーク」を利用します。経営やマーケティング、ブランディングにおいては、論理的思考が必要とされますが、その思考パターンを定型化し、誰でも使えるようにしたものがフレームワークです。フレームワークはビジネスのあらゆる分野で使われており、フレームワークを使うことで、現状を論理的に構造化し、客観的に俯瞰できるようになります。

例えば、SWOT※1、5F※2、7S※3、BSC※4などの有名なフレームワークを活用したり、扱っているテーマに合致したマトリックスを工夫して作ったりして、重要かつ少数の抽象的な情報(vital few)を作り出していくのです。これは、データを表計算ソフトでグラフ化したりイメージ化したりする場合もあります。

また、最近では、上記のような活動をインターネット上の会議システムを活用して行う場合も多く見られるようになりました。


4.ファシリテーションがうまくいくための条件とICT活用の可能性

以上のように、多数の情報を抽出する「分散」と、抽出した情報を整理し抽象化する「収束」というプロセスをうまく走らせるためには、参加者が積極的に発言をする事と、正しい論理操作を行いながら合意形成していくことが必要になります。

まず、参加者の思考を促すためには、燃費の悪い人間の脳を動かすエネルギーを発生させなければいけません。そのためには、脳を動かしやすい環境作りと、適切なエネルギー補給をすることが必要となります。

❶合意形成に必要な環境作りとエネルギーの補給

参加者の思考を促すためには、会議室の面積も一定の広さが必要です。また、長い会議の場合、おやつが用意される場合があります。分散プロセスではブドウ糖になりやすい果物やチョコレートのような単糖類、じっくりと思考を巡らせる必要がある場合は、時間をかけてエネルギーになるイモ類や穀物のような多糖類を用意しなければならないと言われています。

参加者の発言を促すためには、参加者それぞれのタイプや人間関係などに応じた場作りが必要となります。よく喋る人ばかりが発言をして、無口な人が発言できない環境を防ぐためには、ファシリテーターが発言の交通整理をするばかりではなく、参加者の席順を変えたり、立って歩きながら会議をするなどの工夫が必要となる場合もあります。例えば、意見が対立している人をあえて隣同士に並べたり、同意見の人をあえて離れた場所に座らせるなど、パーソナルスペースを意識した空間の活用をするのは、優秀なファシリテーターであれば誰もが使う心理的な技術です。

一方、付箋に意見を書かせてkj法※5で整理をしていけば、議論がまとまると考えているファシリテーターもいるようです。それは、会議システムや表計算ソフトや整理用のアプリケーションを使っても同じことが言えます。

❷ファシリテーションの行方

本当に合意形成を成功させることができるような会議を行うためには、この記事でこれまで述べてきたような心理学的、大脳生理学的条件を十分にわきまえた上で、より科学的なファシリテーションを行わなければなりません。今後、AI(人工知能)の発達と深層学習の進展によっては、優れたファシリテーターのアシスタント的な意思決定システムが可能になるのかもしれません。

ただし、それはまだまだ先のことになるだろうと考えられます。

5.まとめ

これまで9回にわたり「情報共有」の罠というテーマで、情報共有の失敗をもたらす原因と対処法について述べてきました。そこで、これまでのまとめを以下に記しますので、今後、有益な情報共有をしていくための参考にしていただければ幸いです。

  1. ❶ 人間の認知能力には限界があり、無制限に理解したり考えることは不可能である。
  2. ❷ 認知の対象となる情報が適正でない場合、どれだけ正しいプロセスで情報処理をしても正しい結論は得られない。
  3. ❸ 意思決定における思考パターンは論理と直観に分けられ、双方の特長を理解することで正しい結果を引き出すことができる。
  4. ❹ 人間の精神作用の一つである「意欲」は、意思決定にも影響を与え、互いにWin-Winの関係が生まれる状況を作ることが合意形成の上で重要なファクターとなる。
  5. ❺ 人によって認知(知覚・判断)に癖があるため、タイプ別にICTの活用も考慮する必要がある。
  6. ❻ 情報共有の失敗をもたらす原因を解消し、合意形成実現に必要なものがファシリテーション。参加者が積極的に発言でき、正しい論理操作を行いながら合意を形成していくためのファシリテーションスキルを身につけることが大切である。
  1. ※1 SWOT:四つのカテゴリーであるStrengths(内部環境の強み)、Weaknesses(弱み)、Opportunities(外部要因の機会)、Threats(脅威)について要因分析し、戦略を思考するフレームワーク。
  2. ※2 5F:自社を脅かす五つの脅威(新規参入業者の脅威、代替製品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力、競合他社)を踏まえた上で自社の経営戦略を立てること。
  3. ※3 7S:7Sは「三つのハードS」の戦略(Strategy)、組織(Structure)、システム(System)と「四つのソフトS」の価値観(SharedValue)、人材(Staff)、スキル(Skill)、スタイル(Style)から構成される、組織を考える上で必要な七つの要素(経営資源)のこと。
  4. ※4 BSC:バランストスコアカード(Balanced Score Card)の略で、企業のヴィジョンや戦略を実行・管理するためのフレームワーク。
  5. ※5 kj法:多量の情報を効率よく整理するための手法。収集した情報をカード化し、同じ系統のものでグループ化することで情報の整理と分析を行う。Kjは、考案した文化人類学者、川喜田 二郎氏のアルファベット頭文字。
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