ITコーディネータが考える「使えるICT」 Vol.18

【「情報共有」の罠(5)】
ICTと論理的思考の誤解

井門 良貴氏井門 良貴氏株式会社ウィルコ代表取締役。第1号ITコーディネータとして制度設立に関わる。東京大学法学部卒業。日本IBM在籍後、独立系コンサルタントとして活動。あらゆる業種の大企業から中小企業の経営改革に関わってきた。

ICT導入・活用における経営者の役割の中でも大きなものは、目標や課題を社員全員に共有させる「情報共有」です。しかし、共有すべき情報を取り込み、処理し、意思決定を行うのは「感情」を持った人間であり、人間の感情要素が経営的な意思決定を阻害するケースやその対策などを第17回で解説いたしました。今回は人間が行う「思考」の基本的仕組みを理解していただき、ICTの活用や情報共有にも影響する論理的思考(ロジカルシンキング)に対する誤解について述べたいと思います。

1.意思決定における「論理」と「直観」

ビジネスシーンでは、上司や部下、顧客に対して「論理的」に説明しなければならない機会が多々あります。論理的というのは、因果関係を整理し順序立てて考え、分かりやすく説明することを指しますが、これに対して、物事を直接的、感覚的にとらえることを「直観的」と言います。例えば、新しいICTシステムの導入企画などを提案する際、プランAとプランBのどちらで進めるべきか経営者に尋ねた時「私の直観では、プランAの方が成功すると思う」といった発言をする人がいます。特に直観による判断で成功体験を積み重ねてきた経営者の場合、「論理」を目の敵のように扱うこともあり、「論理」と「直観」は二項対立の存在として考えがちです。しかし「論理」と「直観」はたしかに思考パターンは異なりますが、それぞれ状況に応じた優れた特徴を持っているのです。


2.最善の解決策を導く高度な思考スキル

ITコーディネータは、システム開発プロジェクトなどでユーザーから要望を聞く時、その目的を確認した上でそれを実現するためのより良い解決策を考えることも役割の一つです。例えば、コンピューター専門用語の正確な理解、ベンダー側の担当SEが不満に思っていることや利用者が疑問に感じていること、そして経営者からの突然のシステム変更要望などの問題に対してどのように対応していくべきかを考え、最善の方法を導き出す必要があります。ただ、SEや利用者の不満や疑問などを察知し、すばやく対処していくことは容易なことではなく、高度な思考スキルが必要になります。その思考スキルの一つが「論理的思考(ロジカルシンキング)」です。


3.テクニックとしてのロジカルシンキング

ロジカルシンキングは、議論や文書作成、計画立案など、さまざまなビジネスシーンで必要となる基本スキルであり、課題の設定から実行可能な対応策の考案、そして実際の行動の管理までの一連のプロセスを経て成果を上げていくのに必要な考え方です。ITコーディネータだけでなく経営コンサルタントや中小企業診断士なども、企業戦略や企画の領域で顧客が抱える課題を整理して解決策を導き出す際の思考法の一つとしてロジカルシンキングを駆使します。ロジカルシンキングは、システム開発の現場でも使える優れたテクニックなのです。特に近年のシステム開発では、業務部門や経営者など、ITに詳しくない人たちの要望をいかに的確にITシステムの設計に反映させるかが成功の鍵を握っており、その活動の中でロジカルシンキングの考え方やテクニックが必要とされる場面が増えています。しかし、一方で、論理の種類や前提の違いなどにより、論理的な議論でありながらすれ違い、結論が大きく異なる場合や、正しい意思決定ができなくなる場合など、ロジカルシンキングが活かせないシーンも出てきます。


4.スローシンク(論理)とファストシンク(直観)

ロジカルシンキングを含めて人間の「思考」は、右脳(具体)と左脳(抽象)を行き来しながら行います。このような通常の、論理に基づいた思考形態を「スローシンク」と呼びます。ところが、場合によってはこれとは全く異なるプロセスで意思決定を行なうことがあります。例えば、車を運転していて、目の前に急に子供が飛び出して来たとします。そんな時、「現在の車の時速は60km。子供までの距離は約6m。今はいているタイヤと地面の動摩擦係数を考慮すると、衝突を回避するには…」というような論理的な判断が一瞬でできるでしょうか。運転経験の少ないドライバーであればそのまま衝突してしまうでしょう。しかし、運転のうまい人ならー瞬で状況を判断して危機回避するでしょう。このような時、人間の脳内では論理的なスローシンクとは異なるプロセスが起こります。目の前の状況を、右脳に蓄積された多数の危機回避イメージとパターンマッチングさせ、最も近いパターンに基づいて運動器官に命令を出しているのです。このような右脳のみで行う直観型の思考を「ファストシンク」と呼びます。分かりやすい言葉で言えば「直観的な認知と行動決定」となるでしょうか。

直観的な「ファストシンク」 論理的な「スローシンク」

5.単純な事象は「論理」、複雑な事象は「直観」

この二種類の思考のうち、どちらが優れていると言えるでしょうか。結果から言うと、比較的単純な事象が対象であれば論理的な「スローシンク」が優れていると言えます。そのような事象の場合、対象とするパラメータが少ないので、情報量の小さな抽象的な左脳思考で十分ですし、そのほうが他者との明確な共有が可態だからです。しかし、非常に複雑な事象に関して言えば、直観的な「ファストシンク」が圧倒的に優れています。なぜならば、対象とすべきパラメータが非常に多く、処理すべき情報量が圧倒的に多いからです。そのため、情報量の多い具体的なイメージを直接処理する「直観」のほうが正しい結果を導く可能性が高いと言えるのです。


6.論理と直観の特長を最大限に引き出す

前述した、ICTシステムの導入企画などの提案で、「私の直観では…」と語る経営者の話を詳しく引き出していくと、その経営者の頭の中では論理的に筋が通っていたりすることがあります。つまり、結論に至る道筋を言語化することに単に慣れていないか、もしくは面倒くさがっているだけだったりするのです。ただ、すべての意思決定を直観のみで判断していたら、それは経営ではなくてギャンブルです。多くの関係者の人生を背負っているはずの企業経営を、ギャンブル的な判断で行って良いはずがありません。中には本当に直観だけで成功させてきた天才的ギャンブラーのような経営者もいるかも知れませんが、多くの人は「直観」という名の衣をまとった、独自の経験に基づくロジックを頭の中に持ち合わせているように思います。そうなると、ITコーディネータは、経営者の「直観」と自らの「ロジック」を二項対立のものとして戦わせることではなく、経営者の「直観」の言語化のお手伝いをすることも役割の一つだと言えるのです。


7.人間の思考とICT

最新のICTシステムは、イメージ情報と言語情報の両方を処理することができます。しかし、人間の脳ほど有機的な相互変換を行うことはできません。例えば、華やかに咲き誇る桜のイメージから、美しさと散りゆくはかなさの両者を同時に語らせることは無理です。したがって、ICTシステムは、基本的には人間の思考の補助ととらえるのが今のところは正しい見解と言えるでしょう。

ただ、最近のAI(人工知能)に関する深層学習の発展は、人間の学習プロセスに近づきつつあると言え、今後の人間の学習をより深化させる方向に向かいつつあることは間違いありません。優れた科学者の有能な助手としてAIが活躍するのもそう遠いことではないでしょう。

現在のICTは論理しか扱えませんが、近い将来、超高速の論理演算が人間の「直観」に相当する複雑系処理に迫りつつあるのは間違いのない状況にあると考えています。

システムの処理速度の圧倒的な向上は、「スローシンク」(論理)と「ファストシンク」(直観)の垣根を超えつつあると言えるでしょう。


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