ITコーディネータが考える「使えるICT」 Vol.16

【「情報共有」の罠(3)】
ICTと人間の精神作用

井門 良貴氏井門 良貴氏株式会社ウィルコ代表取締役。第1号ITコーディネータとして制度設立に関わる。東京大学法学部卒業。日本IBM在籍後、独立系コンサルタントとして活動。あらゆる業種の大企業から中小企業の経営改革に関わってきた。

第14回では、人間の認知カには限界があるため、認知可能な重要な情報に絞って処理することが大事である、という話をしました。第15回では、認知の対象となる情報が適正でない場合、どれだけ正しいプロセスで情報処理をしても正しい結論は得られないという話をしました。これから数回にわたって「情報共有」を妨げるさまざまな要因と解決策を述べていきますが、今回はその考察の前提として、ICTと人間の精神作用について概説していきたいと思います。

1.情報を扱うのは「人間」

ICT導入における経営者の役割の中でも大きなものは、目標や課題を社員全員に「共有」させることです。そして、ICT導入の目的自体が「情報共有」である場合もあります。

情報共有とは、共有の対象である情報を、関係者全員が取り込んで理解することを意味しますが、これら情報を扱うのが「人間」である以上、情報共有が失敗することも多いのです。それは、人によって思考パターンが異なっていたり、精神状態によって情報を間違って認識・処理してしまうことも要因です。例えば、ICTをサポートするエンジニアは、専門知識を活かして「考え」「判断する」ことも仕事の一つですが、どのようなエンジニアでも正しく考え、判断することができるわけではありません。考え、判断することは、いずれもその人の頭の中だけで行うため、理性や感情の影響を受けやすいからです。悲しい時や落ち込んでいる時に本当に正しい判断ができるでしょうか。高圧的な上司やお客さまからの命令に単純に従うのではなく、自ら考え判断することができるでしょうか。このように、ICTは人間の精神作用とも大きく関わっているのです。


2.精神作用と脳の働き

人間の精神作用が、「知(理性)」「情(感情)」「意(意志)」の三つに分けられると提唱したのは、ドイツの哲学者、イマヌエル・カントです。それは、対象を筋道を通して知覚する「理性」。対象に対する好き嫌いを分ける「感情」。何かをしようとする精神的エネルギーである「意志」です。

我々が意思決定を行う際、よく「理性」のみを使っていると考えがちですが、意思決定に「感情」や「意志」が影響しないはずがありません。「感情」は情報の選択や判断に大きな影響を与え、「意志」を左右する損得が意思決定の最終的な決め手になることは、公共選択理論※などでも明らかになっています。このような精神作用は、言うまでもなく人間の「脳の働き」の現れでもあります。


3.AIに人間の仕事を代替えできるか?

人間の脳はそのメカニズムごとに“損得”を判断する「①中脳、小脳、間脳」。“好き”“嫌い”という「感情」をつかさどる「②大脳辺縁系」。論理的な意思決定を行う「③大脳新皮質」の三つに分けられます。

なお、現段階のAI(人工知能)は最高レベルの研究によっても、せいぜい③のシミュレーションにしか過ぎず、人と同等の認知はまだ不可能といえるでしょう。「AIに人間の仕事を代替えできるか?」という問いを考える際に、AIが人間のように知覚し、感覚を持って判断して人を動かすことができるか?という課題に直面します。AIが人間の繊細な“感情”まで同等に持てるのかは疑問ですが、仕事の用途によっては人間のように感情に左右されない意思決定ができるのがAIのメリットという見方もできます。それが、「情報共有」の部分で効果を発揮できるか否かは今後の研究次第でしょう。


4.人間の精神作用のプロセスを理解する

情報の認知と処理を、読者の皆さまの仕事に置き換えて考えてみます。

例えば、現場の業務効率の低下について部下から報告を受けたとします。口頭報告であれば、耳から入った音声情報は「①中脳、小脳、間脳」から入って、感情をつかさどる「②大脳辺縁系」を通ります。その際、もし嫌いな部下からの報告である場合、それをあるがままに受け取らず、無視してしまう場合があります。これが感情によるフィルタリングです。ここをクリアして情報が「③大脳新皮質」に届いた場合、その報告内容のイメージをイメージのまま直観的に処理するか、言語として移動させ、論理的に処理するか、どちらかの方法で判断が行われ、意思決定がなされます。この判断の段階でも「感情」の影響を受けることが分かっています。「彼がかわいそうだから、あまりキツく言わないでおこう」などという場合です。いずれにせよ、意思決定がなされるとそれを他者に伝えるなどの「反応」を起こすことになりますが、その反応を起こすためには一定のエネルギーが必要です。その反応がエネルギーを消費するのに見合うのかという「損得勘定」が脳内で行われ、結果がプラスである場合のみ反応を返すということになります。

このように、「知・情・意」をつかさどる脳の各部位の働きが複雑にからみ合って、情報のインプット→処理→アウトプットが行われているのです。

有効な情報共有を実現するためには、このような人間の精神作用のプロセスを理解しておくことが重要なのです。


5.人間の情報処理の仕組みをICTへ応用

近年、脳による情報処理の仕組みを今後のICTの発展につなげようという研究・実用化の動きも活発化しています。総務省がICTのさらなる発展の契機として捉えているのが「脳科学」の発展であり、脳科学の知見を活かすことで、ICTを現在の延長線ではなく、別の高みへと発展させることを推進しているのです。システム科学は20年以上前から脳科学と連動しながら発達してきましたが、それが基礎研究の段階から、実証や応用のレベルにようやく到達してきたのです。

人間の心の活動は、文化的活動、経済的活動の源泉です。これらの活動を支えるコミュニケーションにおいても根源的な役割を担っており、人間が周囲の状況に応じ適切なふるまいをするなど、人間の心が周囲の環境を踏まえ、それ相応にふさわしい理解や判断をし続ける仕組みが注目されています。いわゆる脳科学の一環として「脳内の情報処理」という切り口での解明や、ICTへの応用研究が進められているのです。


6.限界をわきまえた活用

例えば、人間の脳信号で制御することができる単純作業ロボット、お手伝いロボット、介護用ロボットの研究開発も進行中であり、実現すれば、快適な日常生活のサポートが可能になります。脳の活動に関する研究は、円滑なコミュニケーションや効率的な情報処理の実現に向けた研究開発へとつながるものであり、脳の活動に関する研究成果をICTに応用することで、現在のICTを根底から変革する可能性があるのです。

ただ、AIやロボットが人に取って代わるという最近の風潮には注意が必要です。AIの可能性に期待しつつも、限界をわきまえた活用を心がけなければならないでしょう。

中小企業の経営者の方にとって、これからますますICTを手軽に活用できる環境、実現しやすい条件が整っていくと思われますが、それらを扱うのは常に「心」を持った「人間」であるということを忘れないでください。


  1. ※公共選択理論:「人間は自己の利益を最大化することを目的として合理的に行動する」ものであり、社会はそうした利己的人間から構成されるとする理論。
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