ITコーディネータが考える「使えるICT」 Vol.14

【「情報共有」の罠(1)】
人の脳による情報処理の仕組みと限界

井門 良貴氏井門 良貴氏株式会社ウィルコ代表取締役。第1号ITコーディネータとして制度設立に関わる。東京大学法学部卒業。日本IBM在籍後、独立系コンサルタントとして活動。あらゆる業種の大企業から中小企業の経営改革に関わってきた。

前回まで、ICT導入の各フェーズにおける経営者の役割を見てきました。それらのうちの大きなものは目標や課題を社員全員に「共有」させることでした。また、ICT導入の目的自体が「情報共有」である場合もあります。
データの集約により各自が必要な情報を瞬時に入手できるCRM※1や企業内に点在する情報を一箇所に集め、その情報を元に企業の状況を正確かつタイムリーに把握するERP※2などもその一例でしょう。「情報共有」とは、共有の対象である情報を、関係者全員が取り込んで理解することを意味する。つまり、一定の情報処理を行っている訳ですが、そのような情報処理は失敗することも多いのです。例えば、業務の現状を整理する場合に、人によって思考パターンが異なっていたり、入力情報が間違っていることにより、同じ状況を同じように認識できなかったりすることが頻繁に起こります。 今回から数回にわたり、このような「情報共有不全の原因と対策」について議論していきます。第一回目の今回は、まず、情報共有不全をもたらす根本的な原因でもある「人の脳による情報処理の仕組みと限界」について理解していただき、今後のICT導入・活用の参考にしていただければと思います。

1.人間の情報処理能力

人間が外部から情報を取り込み(知覚)、それに基づくなんらかの意思決定を行う(判断する)プロセスを「認知」と呼び、これが人間の行う情報処理の中核です。この「認知」を対象とする心理学を「認知心理学」と呼びます。認知心理学は「システム科学」の分野にも影響を与えており、人間の脳の働きとコンピューターが相似形であることも研究されています。

コンピューター(CPU・メモリ・ストレージ)→人間(大脳新皮質(右脳と左脳)・短期記憶領域・長期記憶領域)

このような研究の結果、人間の情報処理について以下の2点が明らかになっています。

  1. ① 人間のメモリーは小さく、揮発性が高い(忘れやすい)。
  2. ② 人間が受容(記憶)できる情報には形式による強弱がある。

2.記憶の限界

コンピューターがコマンドやデータをメモリー(主記憶領域)に置いて処理をしているのと同様、人間の認知活動も、メモリーにあたる「短期記憶領域」(海馬の一部)の上で行われています。コンピューターの場合、データ量や処理領域(フリーエリア)のメモリーオーバーフローが起きそうになると「仮想記憶装置」と呼ばれるストレージへのオーバーフローデータへの出力機能が働いてシステムダウンを防ぎます。しかし、人間の場合、そのような仕組みはなく、メモリーオーバーフロー=即システムダウンになってしまいます。

では、人間の「短期記憶領域」の容量はどれくらいの大きさなのか。システム科学上、処理の対象となる情報の塊を「チャンク」と呼ぶのですが、短期記憶領域に一度に格納できるチャンク数は最大7個であることが分かっています(ミラーの法則※3)

ただ、7チャンク格納してしまうと、処理エリアがなくなってしまい、認知ができなくなることも明らかになっています。その点を考慮すると、会議などで正しい認知活動が行なわれるためには、せいぜい3チャンクが限界なのです。また、このチャンクの大きさにも限界があって、言語情報であればせいぜい40バイト(1バイトは半角英数文字1文字のデータ量)ほどが限界と言われています(ちなみに、マーケティングの戦術としてネットショップなどにおける製品メリットは8個以上書くべきであると言われています。7個を越えると「たくさん」としか認識できなくなり、一つひとつのメリットを冷静に分析することができにくくなって、ついオーダーボタンを押してしまうからです)

もう一つの限界として、人間の短期記憶は極めて揮発性が高い、ということを挙げることができます。コンピューターのRAMは、電源を切らない限り内容を保持しますが、人間は眠らなくても記憶内容を随時失ってしまいます。

一般的に「忘却」と呼ばれるこの性質は、長い会議で特に認知の品質を落とす方向に働きます。

皆さんも、長い会議で大量のWordやExcelの資料を使って議論をしても、その場で正しい意思決定が実現することはなく、ただ徒労感だけが残る、といった経験をされているはずです。そうなるのは、ファシリテーション(会議や協働を促進させる能力)の不足もありますが、人間の脳の情報処理能力がもともと小さく、しかも、忘れやすいことが最大の原因なのです。


情報のインプット・認知とアウトプット

情報のインプット・認知とアウトプット

3.インプット情報の形式による受容性の差

我々の処理の対象となる情報にはさまざまな形式があります。文字情報や画像、音声、動画などです。文字・言葉に関する情報は左脳、それ以外の情報は右脳を中心に処理される情報形式なのですが、この二者には訴求カに大きな差があります。某大物俳優が昔お笑い芸人だった時、有名な「笑いながら怒る」という芸があったのを覚えておられるでしょうか。ニコニコ笑いながら「なんだバカ野郎!」と叫ぶ定番のギャグで一世を風靡しました。この芸について、「笑っている」と感じるか「怒っている」と感じるかを調べた人がいて、その結果は85:15で「笑っている」と感じる人が圧倒的だったそうです。言葉としては怒っていて、表情や見ぶり手ぶりは笑っているわけですが、後者の要素のほうがはるかに訴求カが大きいと言うことです。この点に関して心理学者A.メラビアン氏の研究によれば、文字・言葉の要素とそれ以外の要素の訴求カの比率は7:93であることが分かっています。重要なことは、言葉そのものの伝達力が驚くほど低いということです。今までの私のクライアントの社長には「社員が自分の思いを分かってくれない」とおっしゃる方が多かったのですが、そのような社長の多くは、社員との直接対話をせず、文書回覧やグループウェアの掲示板への書き込みで済ませていました。文字・言葉の要素しか使っていないのですから、伝わらなくて当然なのです。


4.伝わる(共有できる)ためには

以上から、なぜ情報共有がうまくできないのかをまとめると、「低い処理能力しか持たない人間の脳に、訴求カの低い大量の言語情報を浴びせる」からである、と言うことができます。燃費の悪いエンジンに大量の石炭をくべているようなもので、脳が疲弊するだけでパフォーマンスは出ないのです。このような状況を解決するためには以下の二つの方向を重視すべきです。

➊ 処理する情報量を減らす。

我々は、情報が多ければ多いほど正しい結果が導かれると考えがちですが、それは間違いです。情報が多すぎると「木を見て森を見ず」になってしまう(情報パラドックス)ので、解決カを失ってしまいます。また、100個の情報があってもそのうち結果に結びつく重要なものは数個しかありません(パレートの法則※4)また、ミラーの法則から人の認知できる情報量は2~3個です。従って、認知可能な少量でありながら重要な情報(Vital Few)に絞って処理することが大事です。

➋ 非言語要素を有効活用する。

言語情報は抽象度が高く、明確な認知を発生させにくいことが分かっているのですから、非言語情報とうまく組み合わせて、伝達力を上げることが重要です。プレゼンテーションの上手な人は、表情や声調、身ぶり手ぶりなどを上手に使っています。プレゼンソフトにマルチメディアやアニメーション機能がついているのもこの点を配慮しているためで、単なる飾りではないのです。

人間の認知能力は思ったより随分低く、言語情報を左脳のみで処理するだけでは、より不充分な認知しか行えません。このような「脳力」の限界を踏まえることが正しいコミュニケーションを行うための出発点になるのです。

ICTの導入・活用を考えている企業の方々へのアドバイスとしては、システム的に100個の情報の中からVital Fewを導き出すためには、統計的な影響度分析を行うことが必要でしょうが、統計はあくまでも統計であり、正規分布以外の特殊な環境では当てにはならないということです。優れた意思決定者の指導の下でディープラーニングを積み重ねたAIの活用が、今後の解決策になるのでしょう。そして、絞り込んだ情報内容を、言語ではなく、イメージ情報に変換したものを対象に意思決定を行えるような仕組みが、BIツール※5として確立すれば最強だと思います。要するに、人の思考の仕組みが十分に明確になっている訳ではない現在、既存の情報共有ツールは無力だと言うことを認識しておいてください。

次回は、共有する情報の正確性を損なう原因の一つであり、結果としてICT導入の効果を損なう「情報パラドックス」について述べたいと思います。

※1 CRM:Customer Relationship Managementの略で顧客関係管理のこと。企業が顧客との間に長期的な関係を築くことで自社の競争力を高めていく経営手法。
※2 ERP:Enterprise Resources Planningの略で企業経営の基本となる資源要素(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し有効活用する計画や考え方。
※3 ミラーの法則:人間が15秒~30秒で正しく覚えられる情報量は7±2という、認知心理学者G.A.ミラー氏が提唱した法則。
※4 パレートの法則:経済活動における全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという、経済学者V.パレート氏が発見した法則。
※5 BIツール:Business Intelligence Tool(ビジネスインテリジェンス・ツール)のことで、企業に蓄積された大量のデータを収集して分析するためのツール。


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