ITコーディネータが考える「使えるICT」 Vol.9

ICT導入における経営者の役割(2)

井門 良貴氏井門 良貴氏株式会社ウィルコ代表取締役。第1号ITコーディネータとして制度設立に関わる。東京大学法学部卒業。日本IBM在籍後、独立系コンサルタントとして活動。あらゆる業種の大企業から中小企業の経営改革に関わってきた。

前回は、経営目的遂行の強力なツールであるICTも、使い手である企業の組織能力(ICTガバナンス)によって効果が大きく異なり、特に経営者の役割がいかに大きいのかについて簡単に述べました。今回は、ICT実現のPDCAサイクルのうち、「P(企画)」における経営者の影響力について例を挙げながら分かりやすく述べたいと思います。

1.思いつきのトップダウンは失敗を生む

前回、経営雑誌に掲載されるICT導入成功事例について述べました。このような情報は自社の戦略的ICT化の参考になるものなのですが、使い方によっては失敗をもたらす大きな原因ともなります。私も実際に経験したことなのですが、経営者がこれに踊らされすぎると不都合が起こります。例えば、ある雑誌でSFA※1についての記事を読んだ社長が経営企画部長と情報システム部長を呼んで、「うちでもこれをやりたい」と言い出したとします。

2人のマネジャーは、この命令を受けて動き出します。ところが、1カ月もたたないうちに別の雑誌を読んだ社長が、「やはりCRM※2が重要だ」と言い出したとします。急な方針転換に部下は大混乱に陥ります。このような状況を「マガジンシンドローム」と呼ぶのですが、トップの思いつきの発案は、現場を混乱させると同時に、本当に必要な活動を行おうとした時に「どうせいつものことだろう」という意識を生み、成功を妨げることになるのです。経営トップと現場は基本的に視点が異なります。
現場の要求のみで何かを始めると部分最適になりがちなので、ICTの戦略的な導入は経営トップの包括的な判断が望ましいのですが、だからといって現場を無視した思いつきでは当然、現場は受け入れられません。両者の合意が正しく形成されないと効果的なICT導入は不可能です。だから、両者の思いを一致させるようなきめ細かい企画が必要なのです。


2.正しいICT経営の企画プロセス

以前から何度も述べているように、ICTは経営改革を成功させるための手段の一つです。従って、まず決めなければならないのは「経営をどう変えるか」(目的)であり、次に「どうやって変えるか」(手段)です。いきなりICTの企画を行うのではなく、事前に経営戦略企画を実行して、その部分集合としてICTの企画を行うべきなのです。筆者が以前コンサルティングをしていたある大企業は財務戦略の検討抜きで最新の巨大ERP※3パッケージの導入を試み、なんの成果をもたらさないばかりか、巨額の保守費用が財務を圧迫するという本末転倒な結果を生みました。こんな笑い話のような事態が多く存在するのです。

このような本質をわきまえた上で、経営戦略とICT戦略企画の正しい手順を以下に概説します。

①現状分析(今どこにいるのか)

正しい企画の出発点は、「目標(あるべき姿)」を設定することです。そのための前提として、現状の内外環境の分析を行う必要があります。自らの組織能力と、取り巻く環境の変化とを照らし合わせることにより、今後どの方向に進んでいくべきなのか(あるべき姿)に関しての選択肢を絞り込むわけです。

②あるべき姿設定(どこに行きたいのか)

現状分析の結果を受け、会社をどうしたいのかを決定します。いくつかの方向性が①の分析から導かれるわけですが、それらを、実現性やリスクに基づいて評価し、最適なものを選択します。これは経営者の最大のミッションです。すべての選択肢を採用することは無理なので「選択と集中」の原則に従って、最終的には経営者の責任で決定する必要があります。

③戦略目標設定(ゴールへのマイルストーン)

②で策定したあるべき姿は一足飛びに実現できるものではありません。いくつかの中間目標(マイルストーン)を設定し、それを順々に達成していく必要があります。このような中間目標を「戦略目標」と呼びます。これを決定するミッションは、一般的には取締役以下のミドルマネジメントにあります。

④ビジネスモデル(戦略マップ)作成

正しく認識した現状から、いくつかのマイルストーン(戦略目標)を経由してあるべき姿に到達するというストーリーが実現されるためには、関係者全員がそれを共有しなければなりません。いわば戦略地図が必要で、これを「戦略マップ」と呼び、経営改革に必須です。

⑤KPI※4と目標の設定(何をするのか)

次に決定すべきは、戦略ストーリー実現のために何を実行するかです。いきなりやり方を決めてはいけません。ここまで続けてきた目標(状態)のブレークダウンを詳細な数値目標に変えることによって、はじめて妥当な要実行項目(課題)が見えてきます。例えば顧客満足度を向上させるために密着度を上げたいとします。そのためのKPIを「顧客対面率(持ち時間の何%を顧客との対面にあてるか)」とした場合、これを30%にするか70%にするかで、大きく企業の対応が異なります。前者であれば営業に指示すれば済む話です。しかし後者の場合、営業の間接業務の大幅削減や直行直帰などの管理面での業務改革が必要となります。KPIが同じでも、目標値が異なるだけでやるべきことが変わるわけです。

⑥実行項目の決定(目標クリアの手段)

⑤で決めた目標を実現するために何をしなければならないか、手段を決定します。実行課題を決めるわけです。

(経営・IT)戦略企画フェーズ

(経営・IT)戦略企画フェーズ

3.ICT活用成功のための経営者の役割

以上のような経営改革課題のうち、情報の入出力・処理・蓄積・再利用により実現できる課題を選択し、それらに対して左記①~⑥の戦略企画を行います。ここで留意すべきなのは、ICT領域以外の課題(例えば巨額の保守費用の発生など)と矛盾を起こさないように十分注意することです。先に挙げたERPの失敗は、まさにこの点に関する配慮が欠けていたからにほかなりません。


4.企画プロセスにおける経営者の責務

経営戦略とICT戦略企画の手順について述べてきましたが、経営者にはさらに重要な役割があります。というのは、ICT経営失敗の多くが、企画段階における経営層のコミットメント不足に由来しているからです。最終目標決定のリスクを回避したり、戦略目標設定時に異なる利害関係者の反対を抑え込めなかったり、さまざまな原因があるのですが、結局社員全員が同じ方向を向いて邁進できる環境を構築できないことが根本要因です。

ICTへの投資を無駄にしない最大のコツは、社員の合意形成に最も影響力のある経営トップのやる気を繰り返しアピールすることなのです。


※1 SFA:Sales Force Automationの略。営業実績向上のために営業プロセスを改善し、効率化するシステム。
※2 CRM:Customer Relationship Managementの略。顧客関係管理と訳され、売上・利益に貢献する顧客を増やしてビジネスを成功に導くマネジメント手法。
※3 ERP:Enterprise Resources Planningの略。企業経営の基本となる資源要素(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し有効活用する計画=考え方。
※4 KPI:Key Performance Indicatorの略。重要業績評価指標と訳され、目標の達成に向かってプロセスが適切に実行されているかどうかを計測する役割を持つ。

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