特別対談
平田 オリザ氏×岡部 達昭氏
「電話応対に必要とされるコミュニケーション能力とは」[前編]

複雑多様化した現代社会では、情報や意思を他者へより明確に伝える言語コミュニケーション能力が、さまざまな場面で求められています。しかし一方で、その能力の具体性についてはきわめて曖昧(あいまい)です。今回は、数多い演劇公演活動や著作物、大学でのワークショップや講義などを通じて、独自のコミュニケーション論を展開しておられる劇作家・演出家の平田 オリザ氏をお迎えして、電話応対者に求められるコミュニケーション能力とは何かについて、電話応対技能検定(もしもし検定)専門委員会委員長の岡部 達昭氏と話し合っていただきました。

現代の日本社会が抱えるコミュニケーション問題

岡部 今回は、電話を通じたコミュニケーションをテーマに、いろいろな観点から話をうかがいたいと思います。平田さんは今の日本社会のコミュニケーション事情をどうご覧になっていますか。

平田 私からすると、口うるさいほどにコミュニケーション能力を求める印象があります。なぜそれほど“コミュニケーション能力の必要性”にこだわるのか。そこには、「現代の子どもや若者にはコミュニケーション能力がない」という大人の先入観が影響しています。実は、社会学者や言語学者に尋ねても、これを裏づける科学的根拠は一つもないと言います。電話で伝えるのは苦手だけどメールは得意な子もいれば、踊りや歌のほうが気持ちを伝えやすいという子もいるわけです。言語によるコミュニケーション能力だけで、子どもや若者のコミュニケーション能力が低いと評価している大人が多いのではないかと思っています。

岡部 言語コミュニケーションの能力で考えると、やはり低下傾向にはあるのでしょうか。

平田 厳密には、言語コミュニケーションの能力が低下しているのではなく、“意欲が低下している”と言えるでしょう。現代の家庭で育つ子どもは、「ケーキ」と言うだけで目の前にケーキが出てくる。ケーキが食べたいのか、ケーキを買いに行きたいのか、ケーキを焼きたいのか――自分の意思を伝える必要のない環境で育っている。だから、「ケーキ」と言って出てこないと、「なんでケーキが出てこないの?」となるわけです。現代の子どもは、言語コミュニケーションを不要とする環境に育つことで、意欲が低下してしまう。それが高校生、大学生になると、急にコミュニケーション能力を問われるようになる。このギャップに戸惑う学生は多いと思います。

体系的な言語コミュニケーション教育の必要性

岡部 日本語は「察しの文化」と言われるように、多くを語らずに相手の心情を察する言語なので、はっきりと意思を伝えなくても、周りがそれを察し応えてしまう。ここに一つの問題があるわけですね。

平田 現代は核家族化や少子化、地域社会の崩壊が進み、世代や性別を超えた人たちと接する“コミュニケーションの多様化”が失われています。それによって、学力とは関係なく、コミュニケーション能力にバラツキが出ている。これを補完するのが、学校教育であると考えます。子どもが育つコミュニティは小さくなる一方で、現代の社会はグローバル化によって自分の意思を他者に伝える説明責任が求められる。このギャップも広がっているわけです。それを解消するには、学校教育として対応することが急務と考えています。現代の社会では、誰に対しても自分の意思を言葉にして他者にきちんと伝えることが要求されます。だからこそ、話し言葉の教育や、発音の仕方を指導する音声言語の教育が必要になるのです。本来、コミュニケーション能力は、子どもの時に遊びの中で楽しみながら身につけるものです。小学校から段階を追って基礎的な音声言語教育を受けていれば、その後は社会的役割に応じて、表現力を身につけることで言語コミュニケーション能力は高まっていくと考えます。

岡部 企業として、話し言葉や音声言語の教育に関して取り組むべきことはありますか。

平田 最近、私は企業の研修会に招かれることが多くなり、特にコンプライアンス関連の問題をテーマとするケースが増えています。例えば、職場で起きているセクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどを起こりにくくするにはどうすればよいか。それを突き詰めていくと、日頃のコミュニケーションが上手くいっていない職場ほど、そういったトラブルが起きやすいことが分かってきました。それを解決するには、ケースごとにマニュアルでリスク管理をするのではなく、普段からセクシャルハラスメントやパワーハラスメントが起きにくい職場づくりを意識することがその糸口になります。風通しをよくするように、社員一人ひとりがコミュニケーション能力を高めて互いに心がける職場にしていくこと。そのために、まずはきちんと挨拶ができる、相手の話を最後まで聞くことができるなど、コミュニケーションの基礎を身につけることが大事になります。

電話応対のコミュニケーションで大事なこと

岡部 今の話をうかがっていると、コミュニケーション能力の向上も必要ですが、やはり人を育てることが大事になりますね。

平田 おっしゃるように、人間力を培うことは、コミュニケーション能力を高める上で必要不可欠なことだと思います。もともと普段の生活の中でコミュニケーション能力を培ってきたはずなのに、教育の視点だけで捉えてしまうと、生活から切り離されたコミュニケーション能力になってしまいます。電話コミュニケーターの教育として演劇、映画、美術を鑑賞したり、ボランティア活動に参加したりするなど、いろいろな社会性や基礎的な教養を身につけることも、本当の意味でコミュニケーション能力を養うことにつながると思います。今後は、教養とコミュニケーション能力の両面から学べる研修を行うことをおすすめします。

岡部 今後はそうした研修も視野に入れておく必要がありますね。ところで、私はこれまでの研修を通じて、“伝えた”と“伝わった”は違うことを指摘してきました。特に、電話応対業務では「言った」「言わない」のトラブルがつきものです。いかに話し言葉で相手にきちんと伝えていくか、この点はコミュニケーションで重要なことですね。

平田 おっしゃるように、コミュニケーションとは相手が何を伝えたいのかを理解することだと思います。夜間にコールセンターでアルバイトをする劇団員から話を聞きますと、深夜には用もなく電話をかけてくる人がいるそうで、よくよく話を聞いてみると、単に話を聞いてもらいたい、誰かと会話をしたい、人の声が聞きたいのだと。そんな本心が聞けたのも、電話を受けた劇団員が相手の話にきちんと耳を傾けたからだと思います。もう一つ、言語学には、話し手が何を伝えるためにその言葉を使っているかを意味する「コンテクスト」があります。直訳すると、「文脈」です。例えば、18歳の男の子が17歳の女の子に「ボーリングに行こうよ」と声をかける。ここで、「この男の子は本当にボーリングが好きなんだな」と思う人はほとんどいないわけで(笑)、大概の人は女の子をデートに誘っていることが分かるはずです。たとえ分かりにくいコンテクストでも、対面していれば身振り手振りや表情などで伝えられます。ところが、電話応対ではそれができないので、文脈理解は難しくなりますね。


上手なコミュニケーションの秘訣は“冗長率の操作”と“共感力”

岡部 たしかに電話応対のように、相手の発話だけで文脈を理解しなくてはいけない非対面の場合には、聴きとりや発話など、言語によるコミュニケーションをより慎重にする必要がありますね。

平田 コンテクストを理解するようになるには、多少時間がかかります。言語学では、一つのセンテンスまたはパラグラフの中に、意味伝達とは関係のない無意味な言葉が含まれている割合のことを「冗長率」と言います。冗長率が最も低い典型は、長年連れ添った夫婦の「飯、風呂、新聞」です。長い間ともに過ごしてきたからこそ、必要最低限の言葉で分かり合えるわけで、先ほどのケーキの話と同じです。演説やスピーチもできるだけ冗長率が低いほうが良いですね。「えー」「まぁ、あのー」が多くなると聞きづらくなるので。“釈迦に説法”となりますが、NHKのニュース番組を午後7時台と午後9時台で比べると、キャスターの“話し言葉”に冗長率の差が出ます。7時台は30分枠で情報を伝える必要があるので冗長率は低い。1時間枠の9時台は「こんな季節になったのですね」「これは良いですね」とコメントが増えるので冗長率は高くなります。

岡部 冗長率が高くなると、話し方が豊かになり親しみやすさを感じます。そこが、上手なコミュニケーションを取る上でのポイントになりますかね。

平田 “話し言葉”を上手く話せる人とは論理的に話すのではなく、状況や相手によって冗長率を操作できる人だと思うんです。それが、上手なコミュニケーションにとって一つ大事なことと考えます。もう一つは、共感性、共感する力です。医療コミュニケーションでは、患者から「胸が痛いんです」との訴えを聞いて、「すぐ先生を呼んできます」と応対するのはダメな看護師。「どこが痛みますか?」「いつから痛くなりましたか?」と症状を詳しく聞こうとするのは一般の看護師。では患者ウケのいい、コミュニケーション能力の高い看護師はどうするかと言えば、まず「胸が痛いんですね」とオウム返しに答える。これは、「私は今あなたの話をしっかり聞いていますよ」という“シグナル”を送るのです。次に、「胸が痛くてお困りなんですね」と困っていることに共感する。こうした看護師の応対は、短い間に患者と共感できる環境を作っていると考えられるのです。


岡部 なるほど。上手にコミュニケーションを取るには、言葉を交わすだけでなく、相手に共感することが大事になるわけですね。

平田 そうなんです。最近は、この共感を利用した認知症治療があります。それが、演劇の要素を取り入れた「演劇情動療法」です。例えば、認知症のおばあちゃんに財布を拾ってあげたのに「あっ、1万円札がない。あんた盗んだでしょ?」と疑われたとします。すると、俳優や演劇の訓練を受けた介護士が、「えっ、ないんですか?それは大変ですね、一緒に探しましょう」と、実際にはない1万円札を一緒に探し始めるんです。そのうち、おばあちゃんが疲れてきたのを見て「ないね~。どうしよう、困ったね」と声をかける。「じゃ、お茶でも飲もう」となって飲み終わる頃にはすっかり忘れてしまいます。この療法は、認知症患者に共感することで、ストレスが溜まらずに済むわけです。これを一つのヒントにして、電話応対の品質向上に役立つような、新しい言語コミュニケーション教育のカタチができるのではないでしょうか。

岡部 今の話は、電話応対教育にとって大変参考になります。しかし、実際の電話応対業務では、短い時間で多くのお客さまに必要な情報を伝えることを重視しなければなりません。その点については、どのようにお考えになりますか。

平田 業種や目的によって電話応対の仕方に多少の違いはあるでしょうが、応対が良いとされる電話コミュニケーターは少しでも冗長率を操作して共感しながら対話されていると推測します。マニュアル通りの応対でも、合間に「あぁ、そうなんですね」と相づちを打つだけで、相手の印象はまったく変わります。私は電話応対のすべてを理解しているわけではないですが、無意識にそうした応対をしている人が“上手なコミュニケーター”と呼ばれるのではないかと思います。また、相手の世代や性別によってトーンを変えて話ができることも必要な要素になるでしょう。


平田 オリザ氏
平田 オリザ氏
1962年、東京都出身。劇作家・演出家。東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学COデザイン・センター客員教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐。劇団「青年団」主宰、こまばアゴラ劇場芸術総監督。各地で実施している演劇ワークショップの方法論は小学校・中学校の国語教科書に採用。
岡部 達昭氏
平田 オリザ氏
東京都出身。元NHKアナウンサー。(財)NHK放送研修センター理事・日本語センター長を経て、現在はコミュニケーション能力研究会を主宰。電話応対技能検定(もしもし検定)専門委員会委員長。言葉と非言語表現力、電話応対力、営業力、リーダー育成など、コミュニケーション全般の研究、研修、講演を行っている。

本対談は、今回に引き続き次回において、「電話応対能力を向上させる方法論」、「電話応対業務の未来のカタチ」へと展開していきます。後編はこちら。

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