コミュニケーション力を鍛える ~アナウンサーのノウハウから~

第61回「人生とは時間なり」

私たちは有限な時間の中に生きています。一人ひとりの持ち時間は決まっています。その貴重な時間をどう使うかによって、私たちの仕事も人間関係もすべて決まってしまいます。
時間は止められません。足りないからと言って補充もできません。遠慮なく過ぎてゆく時をしっかりと見据えて有効に使いませんか。

愛情は時間ではかれる

若い頃に読んだ本にこんな言葉がありました。「人を愛するとは、その人のために自分の時間をどれだけ使うことができるかである」その当時、この言葉にとても納得したことを覚えています。

長じて、秒の単位で動く放送という現場で働くようになって、この言葉の重みを日夜、さまざまな場面で感じるようになりました。感動して読む一冊の本との出合い、取材やインタビューで話を訊く有名、無名な人の貴重な体験談や人生観、哲学、芸談、ホットな情報。放送の本番の緊張する時間までを含めて、そこには常に責任と発見、喜びがあり、それにかける時間との戦いでした。そうして時間をかけた番組には、特に深い愛着がありました。

乏しい時間感覚

日本人は時間に厳しいというのは世界的な定説のようです。しかし、それは列車ダイヤの正確さなどからきた評価であって、日本人全体の時間感覚に対する評価とは思えません。

会議などにいつも遅れて来る人、提出書類の締め切りを守れない人、長々とした挨拶やスピーチなど、挙げていけば枚挙に暇がありません。「3時間待たされて診療は3分で終わる」などと言われて悪評高い病院の待ち時間は、近頃はIT化が進み随分と改善されました。しかし全体としては、まだまだ時間感覚の乏しい人が多いように思います。それはなぜでしょうか。計画性のなさ、習慣化した甘え、情報整理ができないことから来る冗長さ、などが挙げられます。しかし最大の理由は、自分一人の遅れが、相手または自分以外のすべての人の「時間」を奪っているという認識が希薄なことでしょう。とは言っても、認識通りにはできないことを、私自身も常に反省はしております。

時間を奪う迷惑な長電話

企業で電話応対を担当している何人かの指導者に、電話での長話について訊いてみました。どの会社でも悩まされるのは、ただ淋しくてかけてくるお年寄り、ねちねち型のクレーマー、特段の用事もないのに、自慢話を延々と話す人、そして思いがけなかったのは、その会社を定年退職したOBからの長電話だそうです。数十年を一社のタテ系列の中だけで過ごし、定年を迎えてフラットな社会に放り出された時に、今更新しい仲間を作る才覚はありません。結局、昔の肩書きで会話ができるのは古巣にかける電話だけだというのです。後輩にとっては迷惑な話ですが、“以て瞑すべし”なのでしょう。

では、こうした長電話にはどう応対したらよいのでしょう。先ほどのベテラン指導者たちに訊いてみました。

「長電話は同じことの繰り返しですから、30分をリミットに適当なところで、『同じことの繰り返しになって申し訳ございません。ご納得いただければ嬉しいです』と言って断ります」(Aさん)「いただいたお電話でしたが、つい私のほうがお喋りし過ぎてしまいました。申し訳ございません。またお話できる機会があればと思います」(Bさん)「今日はなぜかお電話が大変混んでおります。お待ちになっているお客さまが多いのでこの辺で失礼させていただきます」(Cさん)「申し訳ございません。お約束の電話が入っておりますので」(Dさん)「お話をうかがっているうちに、あっという間の20分でしたね。とても勉強になりました」(Eさん)などなど、皆さん苦労なさっているようです。

最近は「会話を録音させていただきますのでご了承ください」とはっきり断わるケースも見られます。お客さまだからといって、必要以上に低姿勢になることなく、こちらの立場をはっきりと伝えることが必要でしょう。

長電話は大切な時間を奪います。双方にとって人生の損失です。その認識の基に、自分の言葉でそのことを伝えます。マニュアル化、定型化するものではありません。それはインプロ力※なのです。

  1. ※ インプロ力:インプロヴィゼーション(即興)の略で、台本にはないアドリブのこと。状況に応じて即興で応対できる能力。
岡部 達昭氏

岡部 達昭氏
日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

↑
PAGE TOP