電話応対でCS向上コラム

第53回「動作の余韻を大切に」

慌ただしい国日本

 「動作の余韻」という言葉に出合ったのは、東京大学名誉教授の矢作 直樹さんの著作です。矢作さんは救急医療の現場で、生と死を見つめてきたお医者さまです。「ドアを静かに最後まで閉める。湯飲みやコップなどの食器は静かに置く。無用な音は立てない。動作の余韻を味わう」―― こうした日常の美しい所作こそが、心と身体に良いとおっしゃるのです。これに加えれば、「電話は一呼吸置いて切る」も大事な「動作の余韻」の一つでしょう。

ところが、忙しい現代はすべてが速いテンポで動いています。テレビをつければ慌ただしく切り替わる画面、早口でしゃべるタレントたち、街へ出れば、せかせかと歩く人の波。余韻のある動作などはどこを探しても見当たりません。政治も経済も暮らしも人間関係も、ゆっくりと余韻を味わうどころか、そういうことを意識するゆとりもないように思います。

初頭効果と余韻効果

 「初頭効果」という言葉はご存知でしょう。人間の印象は出会った最初の5秒で決まる。その印象が後々までを支配すると言うものです。それだけに、声だけで印象が決まる電話では、第一声を大事にしなければならないということはご承知の通りです。

 この「初頭効果」に対して、電話を切った後に残る後味や印象を決めるのが「余韻効果」です。電話の余韻には、一呼吸置いて切るという物理的な動作の余韻と、最後の一言が心に残る言葉の余韻とがあります。アナログ時代のビジネス電話では「ガチャンと切るな!一呼吸置いて切るように」という指導が行われていました。今は音もなく切れる携帯電話・スマートフォンの時代になって、こうしたマナーも聞かなくなりました。しかし、余韻効果を考えるとその配慮は今も必要なことでしょう。もう一つの心に残る一言の余韻については、ほとんど意識されていないように思います。ビジネス電話では、マニュアル化されたクロージング言葉が浸透しているからでしょうか。でもこれは大変もったいないことです。電話のもたらす好感度は、切った後の余韻にあるからです。

 「説明が下手で申し訳ございません」「お話ができて良かったです」「お陰さまで私も気づきがありました」パターン化した言葉ではなく、素直に自分の気持ちを言葉にできた時、お客さまの心にさわやかな余韻が残るでしょう。

「余韻」と「残心」

 この「余韻」とよく似た言葉に、武道や伝統芸能で使われる「残心」という言葉があります。この言葉の意味を知ると、余韻の大切さがさらに見えてきます。

 大辞林によれば「残心」とは、“武道における心構え。一つの動作が終わってもなお緊張を解かないこと。剣道では、打ち込んだ後の相手の反撃に備える心の構え。弓道では、矢を射た後、その到達点を見極める心の構えをいう”と解説されています。

 また茶道における「残心」について、表千家不白流正師範の荒井 宗羅さんが、千利休の歌を引用して次のように書いています。「何にても置きつけかえる手離れは恋しき人と別るると知れ」――道具を置いて手を離す時は、比較的重たげにゆっくりと離します。その時、恋人と別れるのが辛いと思えるような余情を持たせますと、道具はあるべき位置に坐り、かつ無限の味わいが出るのです。人と人との出会いでも、その人がどんな人なのかは、会っている時の判断よりも、去った後にどんな残り香を漂わせていったかで分かります。

発した言葉を見極める

 武道や茶道でいう「残心」の教えは、そのまま電話応対における「余韻」に置き換えることができます。しかし、現実の電話応対では余韻を感じることが少なくなりました。応答率が気になるコールセンターでは、効率的に捌く応対にならざるを得ないのかもしれません。ここ数年の電話応対コンクールを聴いていても、確かにレベルが上がり、皆さん見事です。でも「余韻」のある応対はごくわずかです。情報を詰め込み過ぎるのでしょう。

 言葉は一方的に話さないことです。武道における「残心」のように、自分の言葉が相手にどう届いたかを見極める緊張感が必要でしょう。それができれば、余裕と余韻のある電話応対になるはずです。その応対がお客さまの信頼につながります。

岡部 達昭氏

日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定 専門委員会委員長。
NHKアナウンサー、(財)NHK放送研修センター理事、日本語センター長を経て現在は企業、自治体の研修講演などを担当する。「心をつかむコミュニケーション」を基本に、言葉と非言語表現力の研究を行っている。

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