電話応対でCS向上コラム

第21回 メディエーションの成功とは何か~メディエーターの役割を整理する~

第三者が当事者同士の話し合いを促し、トラブルを解決に導くメディエーション(調停)。前回は、以前ご紹介した給湯室の問題を例に、対話を始める前の段階で、参加者たちが持つべき心構えについてご紹介しました。今回は、メディエーションの目的をあらためて整理すると共に、メディエーションの成功とは何かについて考えてみたいと思います。トラブル収拾の極意を学び、当事者同士の相互理解を促すコミュニケーションの基本を身に付けましょう。

メディエーターは対話に黒子として関わる

対話による問題解決は、第三者が入り、合意にたどり着くことを、普通は成功と考えます。それが和解です。

しかしそれはメディエーションの当面の目的とは異なります。メディエーションの目的は、当事者同士の対話の力を回復することです。もう少し言えば、相互に自分の意見や見方をアサーティブに言えて、同時に相手の意見も聞くことができる。つまり、自分だけでなく相手のことも尊重することができるように支援する。これは、当事者同士がしっかりと相手と向き合い、そうした状態になれるまで、メディエーターが当事者の能力を信頼して支えること、それがメディエーターの役割です。

メディエーターは、善意を持って当事者に関わります。役に立ちたい、成果を挙げたい、当事者からありがとうと言われたい、そう考えるのが普通です。ですから、最後まで対話を仕切り、合意という成果を出したいと考えてしまうのです。

しかし、対話は本来、当事者のものです。トラブル、紛争、仲たがいなど、それらはどれも、当事者のものであって、メディエーターがコントロールすることでもなければ、コントロールできるものでもないのです。

メディエーターは、当事者が話し合いをしていく上で、黒子として関わることが理想です。つまり、メディエーターに陽の目が当たっては本来いけないのです。

人は、目の前にある具体的な出来事に向き合うと、どうしても自分の思いにこだわり、話し合いがうまくできないことがあります。このような場合には、本題に入る前に、違うテーマで話し合いなどをし、対話の参加者に「自分たちは話し合えばできるのだという自信、自分たちで解決できるのだという自信」を持ってもらうことが大切です。

参加者が対話に対して自信を持って参加できれば、雰囲気や相手に対する思いにも変化が生じてきます。そしてこの自信を持てるように促すことは、メディエーターの重要な役割のひとつでもあります。

こうした問題は「個人間の問題であるが、職場全体の問題でもある」と捉えることができます。このような問題が職場にあるということを社内に知ってもらい、職場全体の問題であることを認識してもらうことは、社内コミュニケーションの円滑化にもつながります。生活の大半を一緒にする職場の中で、少しでも気持ち良く過ごせるよう、一人ひとりが意識を持つことが重要なのです。

きれいに消えることがメディエーションの成功

時に善意は「押し付け」となり、当事者の“甘え”を引き起こす場合もあります。

カウンセリングもそうですが、支えがなければ、自分で何とか悩みながら解決できたことが、援助者や援助の仕組みがあることで、むしろ解決の能力を削ぐ、というケースもあります。メディエーターは常に、当事者が持つ解決能力による問題収束を目指し、対話においては、そのプロセスを支えます。

しかし、対話で問題を乗り越えようとする際、「傷つき」の過程を抜きにしたり、避けて通ることはできません。人は対話を通じ、お互いを傷つけあいながら、お互いを理解します。そしてこの、対話による傷つきは、人生につき物でもあります。喧嘩して仲直りして誤解を解いて、という過程の中で、人間関係が深まったという経験は、誰しもあるのではないでしょうか。つまり、人間関係を形成するスキルは誰もが備えている能力であり、このことを肯定的に捉える思考がメディエーターには必要なのです。

対話をしていく中で、当事者同士だけでも話し合えるようになったのならば、仲介者であるメディエーターは、その時点で不要になります。しかし、この見極めを間違えると、無責任になるケースもあります。特に、医療に関する事案や合意文書の作成が予定されている場合などは、最後まで支援するのが原則です。メディエーターとしてどう関わるかの見極めを、問題に応じてしっかりできること。これもメディエーターとして必要な資質のひとつです。

つまり、メディエーションの成功とは、当事者からいなくなったことを意識されない状態にして、きれいに対話の場から消えることなのです。

稲葉 一人(いなば かずと)氏

中京大学法科大学院教授。東京・大阪地裁判事、法務省検事などを経て、現在本務のロースクールのほか、久留米大学医学部、熊本大学大学院などで教壇に立つ。また、日本電信電話ユーザ協会電話応対技能検定委員会委員・専門委員会委員を務めている。米国に留学し、ADR(裁判外紛争解決)を研究し、メディエーションの教育者・実践者である。JICAを通じた海外の裁判所における調停制度構築のプロジェクトを進め、2012年10月にモンゴル国最高裁から「最高功労勲章」を授与された。

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